冬は朝(あした)がいい。

そう言ったのは、清少納言だったか?!


冬の朝はツライ。

もうちょっと布団に…と、誰しもが思うのではなかろうか。


それでも、エアコンのスイッチ一つで、

10分もせぬうちに部屋の中は春の陽気となる。

蛇口をひねると、

温かいお湯がシャーシャーと出る。


わが家のある所は、

江戸時代豪商の跡地だったらしい。

前の川まで持ち船で乗り込み、

瀬戸内海を利用して商いをしていた商家があったと聞いている。


子供の頃は、

江戸時代末期に建てられたと言う、

その古い商家に住んでいた。

文化財に詳しい人がやって来て、

床柱の傷は百姓一揆の痕だとか、

築150年以上だとか聞いても、

その価値は一向に判らず、

隙間風が吹き込みむボロ家より、

サッシの付いた窓のある近代的な家が羨ましかったものだ。


そんな家でも、冬の朝は自慢できることがあった。


敷地の一角、裏の勝手口を出たところに、

大きな井戸があったのだ。

近所の10軒ほどで共用しても、

断水することのない大きな井戸だった。


井戸水は、年中同じ温度である。

夏は、出しっ放しの水道でスイカを冷やし、

冬は、顔を洗うのも苦にならぬ温水のような感じだった。


特に、井戸の横にすえた手押しポンプから出てくる水は、

井戸の中の温度そのものの水が出てきた。

電動の大型ポンプでくみ出し、

水道管を通って蛇口から出てくる水は、

外気温によって温められたり冷やされたりするのである。


冬、寒い朝の歯磨きと洗顔は、本当にイヤだった。


祖母が手押しポンプを押して、

洗顔を手伝ってくれた。

手押しポンプは、井戸のそばに設置されていた。

手押しポンプからジャージャーと流れ出る井戸水は、

外の寒気で一気に冷やされて、

ホヤホヤの湯気を立てる。

もうその光景だけで、寒さを忘れさせてくれた。


今朝、蛇口をひねっただけでシャーっと出てくるお湯を垂れ流して、

ヒゲを剃りながら、

曇った鏡の中のすっかり老け込んだ顔を見ながらふと思った。


あの時の寒さは、今のこの家の寒さよりずっと寒かったのに、

井戸水の温かさは、このお湯にもまさる温かみがあったなぁ…と。


一つ一つに、昔を懐かしむ今日この頃である。