昨夜は、いただき物の脂の乗ったホッケが夕食のメイン料理。

前夜の骨なしから揚げもつまみ用に残してくれていて、ビールがすすむ。


500mlの缶ビールを2缶空けたところで、焼酎の水割りにかえる。


溜まった仕事の片づけもあって、そう際限なく呑むわけにはいかない。

が、そこは歩いて1分の職場。

そこそこにいい気持ちになっていく。


テレビでは、母子殺害事件の犯人の死刑確定のニュースが報道されている。

一瞬にして最愛の妻と子を失われた遺族にとって、

憎き犯人の死刑が確定しても心が晴れることはなかろう。

「残りの人生を、二人の分も合わせて、

 幸せに過ごしてもらいたいもんだね…」

と、それらしき夫婦の会話もあったりする。


「あなたは、大都会の電車通勤じゃなくって良かったわね…」

妻が唐突に言う。

テレビを見ると何のニュースか、

電車がホームに入っている画像が流れている。


見かけに似合わず、

夫が意外と繊細な心の持ち主であることを妻は知っている。


「電車が入ってくる瞬間、

 ポッと飛び込みたくなる気持ち分かるような気がする~

 人間関係や仕事に行き詰っていると特にそうやろうね…」


ホームに溢れている人の波を見やりながら、

心配りをしてくれる妻の優しさをおもんばかる。

酒は、心地よい酒は、人の心を優しくするのだ。


「いいえ。

 アナタなんか酔っ払うと、いつもニタニタしてて…

 電車の中で、痴漢に間違われるかもよ…」


60歳間近の社会的地位にある人が、

どうして自分の娘の年頃みたいな若い女性に、

手を出したくなるのか分からない…

と、まるでこっちが痴漢容疑で捕まったかのように、

非難めいた口調で詰問される。


でもきっと、それはオジサンゆえの悲しさなのである。


若い時分…

満員電車の吊り革を握って立っていると、

その背後に女性が立っただけでも、

その香りと何ともいえぬ温かい空気の塊に気づいたものだった。

手提げカバンを持つ手の甲に、

電車の振動で女性のスカートがかすかに触れたりすると、

ウールの毛の一本一本の毛羽立ちまで感じ、

さらには体温までがわずかな空間を隔てて、

伝わってきたものだった。


若さは感覚的に鋭く、特に女性に対しては敏感だったのである。

歳を重ねると、視覚、嗅覚、触覚などの感覚機関が鈍ってしまう。

その上、長年の経験が新鮮さを失ってしまっているのだ。


若い時は、ドキドキしてなかなか口にできなかった言葉を、

平気で言ったりするのも、オジサンの特徴である。

感覚だけではなく、恥ずかしいという感受性も衰えてきているのだ。


「いい歳をしたオイサンは、

 横に若い女性がいてもその香りに気づかんし、

 手を隣の女性のお尻に押しつけていても…

 その感触にすら気づかん時もあると思うなぁ~」


もう、すっかりオジサンのセクハラ談義である。

美味い酒は、心地いい酒は、人を饒舌にするのだ。


「そげな詰まらんこと言っちょると、

 本当に東京の満員電車で痴漢に間違わるぅよ。

 酔っ払って電車に乗る時は、

 両手で吊り革を握って、

 バンザイをしてないと・・・」


歳をとってくるとどうやら、男は感覚が鈍くなり、女は口が鋭くなるようである。