今年一番の寒気団に、日本列島が覆われていると言う。


そんな中、5時前に起床して、

早朝からバスの運転手を務めた。

今日は、県内の私立高校の受験日である。

将来ある受験生たちを無事に送り届けて、ホッとして家路につく。


わが家に近づくにつれ、だんだん雪景色に変わる。

早朝は雪なんてなかったから、日中に積もったものだろう。

道路はすでにアイスバーンだ。


何はともあれ無事に営業所の車庫に車を納め、

そこから400mほど離れたわが家に向かう。

冷たい季節風に、コートの襟を立て首を縮めて歩く。

しばらく行くと、駐車場がある。

どの車も、季節風に吹き付けられた雪が凍り付いている。


ん?!

駐車場の端っこに停めている、

1台の軽自動車のライトがついているではないか。


誰のか分からないし…

寒いので一刻も早く帰りたいし…

でも、車の持ち主は、明朝きっと困るだろうな。

凍りついた雪と、バッテリーが上がってしまった車を前に、

泣きっ面になるかもしれない。


とりあえず道路をはさんだ真向かいの、

セイちゃんの家の呼び鈴を鳴らす。

セイちゃんなら、誰の車か知っているかもしれない。

田舎のいい所である。


「あっ、それならシゲちゃん所の、

 娘の車じゃないかな…」


一日一善。


いや、めったに良いことなんぞしない輩にとって、

こんな善行をする日は、気持ちいい。

うふふ…

シゲちゃんや奥さんの、

「おーきに。助かったわ…」

と、喜んでくれる姿が浮かんでくる。


道路を横切ろうとした、その時だ。

踏み出した右足が、ツルリと前方に滑った。

右足に全権を委譲したばかりの左足も、

繰り出そうとしたまま一緒に前に放り出す形で、

道路中央で、体が宙に舞った。


結構、身軽なもんだ…と一瞬感心したような気もする。

尻だか背中だかその辺りから落ちた後、

後頭部をしこたま強く打った。

結局、二度の衝撃を、リズミカルに体に受けた。


左右を見ると、車はまだ遠くの方を近寄っている。

恥ずかしさよりも、危険を感じて機敏に立ち上がった、

…はずだ。


右端に戻って、しばらくして、

右手の掌がジンジンすることに気づいた。

左手はと見ると、腕時計のベルトが外れている。

意外と強く転んだんだなぁ~と思いながら、

ベルトを留めなおした左手で頭の後を撫でて、

血が出ていないか確認してみる。


血は出ていない…

でも、ガーンと響く衝撃だけは、まだしっかり残っていた。


わが家に戻って、ズキンズキンする頭を触ると、

思ったより高い位置にコブができている。

一応病院に行ったら…

と心配する家内の言葉を無視して、

患部を氷で冷やしてみる。

まだ、痛い。


こうやっているうちに、吐き気かなんかもよおして…

そのうち意識が遠ざかっていくんじゃなかろうか…

などとつまらぬ妄想をしてしまう。


そこに、タクシーの運転の応援をしてくれと言ってきた。

帰宅時間と重なって、電話がひっきりなしに鳴っているようだ。


夕食を兼ねて居酒屋に向かう、

仲の良さそうな母親と息子を送った後、

二組目のお客様は、中学時代の同級生の母上だ。

入院したご主人の付き添いに毎日病院に通っている。

今日は、早めの帰宅なのだ。

途中の坂道でスリップしている車を見て、

予想以上の道路の凍結に驚いている。


タクシーを降りた後、滑って転ばないように…と、

先ほど身をもって経験したスッテンコロリンの話をすると、


「ウチん爺ちゃんも、
 ひっくりこけた後、
 何日か後、脳挫傷で死んだんでぇ~
 血が出らんでコブになるのが一番悪ぃんや…」

と聞いている本人の動揺も顧みず脅すように話す。

露骨に「死ぬ」だとか、「数日後にコロッ」だとか言うので、

「もし、話しかけても応答がなくなったり、

 ハンドルに寄りかかるように前のめりになったら、
 前の取っ手にしっかり掴まっておいてよ!

 あ、もちろん、

 シートベルトは締めちょるよね?」


と、あらためて冗談交じりに、

注意の言葉をかけさせていただいた。



今のところまだ、前のめりになっていないし、

背もたれにしなだれたりはしていない。


ただ、もう6時間が経過したと言うのに、

頭のテッペンはまだ、ジーンと痺れたままなのである。


見よう見まねの一日一善なんか、

神様はとっくの昔にお見通しなのだろう。