愛用している腕時計。

もう16、7年ほど前、知人の時計屋から買ったものである。

何でも、月末の手形が落ちないから…

と、現金なら3割引でいいという。

それでも自分には高級すぎると思ったが、

まあ人助けだと、そんな気持ちで買ったものである。


購入の経緯はどうであれ、長年使っていると愛着がわく。

もちろん、これまでにも「お別れ」になる危機は、 何度もあった。


もう、4、5年前だったか…

表参道を歩いていると、若い女性が駆け寄ってきた。

ん?

田舎のオイサン相手に、新手のモノ売りか…?

と警戒を強めたら、愛用の腕時計を手渡してくれた。

「今落ちましたけど、これ、アナタのじゃ…?」


留め金が取れて、ベルトが外れて時計が落ちていたのだ。

あの善良な若い女性がいなければ、

今頃質流れ品販売のガラスケースの中に、

わが愛する時計は鎮座していたのかもしれない。


昨年の12月には、リューズが壊れた。

(詳しくは「悪いお知らせでございますが…」

高い修理代を覚悟したが、まずまずの出費で危機を乗り越えた。


ヒョイと置いた場所が分からず、

探しまわったのは一度や二度ことではない。

でも、たいてい数日後にはヒョッコリ現われて、腕に納まっていたものだった。


ところが、今度はかなりの行方不明が続いた。

昨日あたりは、かなり真剣に探すことになった。

セカンドバックの隙間から滑り落ちる可能性もあるかもしれない。

車の後部座席から、助手席の下…

会社の机の中、洗面台から流し、さらには冷蔵庫の中…

水を扱う時に、ちょこっ外しそうな場所を含め、

考えられるありとあらゆる場所を探す。

何せ、最近は無意識にする行動が、多くなってきている。


そうするうちに、だんだんと全ての記憶に自信がなくなる。

この1週間、腕時計をしていただろうか…?

と、最後に腕時計をしたのがいつだったのか、それすら分からなくなるのだ。


もう1週間も前に利用した、日田のホテルやゴルフ場にまで電話をして、確認したりする。


そうこうして、すっかり諦めムードが漂い始めた頃。

妻が、努めて冷静な声で言う。


「腕時計、見つかったわよ…」

「えっ、どこにあった?」


推理小説の犯人が、一刻も知りたいのと同じ心理である。


「洗濯物のズボンのポケットの中!」


絶句してしまうのである。


そして、途切れていた記憶がよみがえる。

愛車を洗った時、ズボンのポケットに入れ、

汗だくになったそのズボンを洗濯かごに放り込んだのだった…


と言うことは、もしや…

あわれ愛用の腕時計は、

泡だらけの洗濯機の中でスキューバダイビングをしていたというのか。

なんで、ポケットの中を確認してから、洗濯機に入れないのか。


自分の非はそっちのけで、ムカッとしてくる。


こちらの顔いろを読み取ったのか、

のんびりした声が戻ってきた。


「動いているみたいよぉ~」


最大の危機(夫婦の…ではない)を乗り越えて、

愛するボームメルシェは、

またわが腕にしばらくの間、留まることになったのである。



今宵も飲んだくれ-腕時計