7月の初め、地区の危険物安全協会の50周年記念式典があった。
危険物安全協会の会員は、
ガソリンスタンドで石油販売をする事業所だけではない。
航空機用の燃料を取扱う特殊な事業所や、
工場や病院やホテルなども含まれている。
それらは、発電や冷暖房のための、
自家用燃料タンクを持っているからだ。
100年に一度といわれる、この不景気の最中である。
10年に一度の周年行事とはいえ、
会員に余分な負担をかけるのは心苦しい。
が…
協会には、この記念行事のため、
少しずつ蓄えてきた特別積立金もある。
役員には無理やり寄付をお願いし、
会員には全事業所に一律に特別会費を負担してもらうことが、
昨年の総会で決まっていた。
先日、その特別会計の経過報告が役員会でされた。
事務局が、言い難そうに報告する。
「特別会費は、○○会社の1社を残し、ほぼ完了しました。
○○会社は、社長決裁が必要なんですが…
社長が、居留守を使ったりして、
なかなか会ってくれません…」
特別会費は、1事業所あたり1万円である。
高いのか、安いのか…
祝賀会に出て、大酒を飲んで雰囲気を楽しめるヤツには安いはず…
いや、いや。
そんな損得勘定でなくとも、記念誌と記念品つきの祝賀会もあるので、
そう高いとはいえないと思う。
第一、1年前の総会で決議されたことである。
社長は、関西出身だそうである。
ケチなんか…、それとも、渋ちんなのか。
危険物安全協会の役員は、単純な思考回路の持ち主が多い。
不景気の中、薄利販売で苦しい経営をしている零細企業ですら、
なけなしの金の寄付金と特別会費を支払ったのだ。
あの大工場をもつ会社が、たった1万円をケチるのはおかしい…
「そりゃ、そのままにしてしまっちゃ、絶対いかん。
社長に出会えるまで、玄関先で粘って必ず回収しろ…」
全員一致で、決まった。
誰が、玄関先で粘るのか…
そんなことまでは、深く考えない。
結局、一番強く主張していた会長と副会長の3名に白羽の矢が当たった。
昨日、午後2時。
アポも取らず、協会事務局の職員を含めた4人でその会社を訪問する。
社長は、出張中で、午後3時過ぎに戻る予定だという。
そうは言ったものの、玄関先で大の男が4人も居座るのもどうか。
事務局職員は消防署に戻り、
会長、副会長の3人は、近くの喫茶店で時間を潰すことにする。
決して、ヒマだという訳ではない。
それだけ、社長直々に会って談判をして…
絶対回収するのだという意気込みの現われなのである。
片や厳しい経済環境の中、気持ちよく特別会費を出してくれた零細事業所もあるのだ。
そんな所に申し訳ないという正義感でいっぱいなのである。
単純だけど、純情なのである。
久々に喫茶店なんぞに入った。
あるビルの2階にあるその店は、他に誰も客がいない。
社長に出会っても、カッカしないように…
そのためには、甘いものが良いと、チョコレートパフェを3つ注文する。
思った以上に甘くて、口の中がべたつく。
口直しに…
と、アイスコーヒーを3つ、追加注文した。
そして…
初対面の社長が、裏口から帰ったところを捕まえて、経緯を説明しようとした。
忙しいと、逃げるように裏口から事務所に入る。
あらためて、事務所の受付口に回って社長に会おうとする。
従業員の誰彼なしに聞こえよがしに怒鳴っている。
「誰がオレの帰りの時間を喋ったんだ…」
チョコレートパフェのおかげか、心に余裕がある。
「いえ、2時からずーっと…
今日は、社長にご理解をいただくまでは、
ずっと帰らぬつもりで来ておりますから…」
「だから、何を理解して欲しいわけ?
特別会費を、いくら欲しいわけ?
……
払ってやりなはれ!」
無事に特別会費を徴収することができた。
少しばかり後味が悪かったが…
協会事務局の職員は、今まで何度も足を運んで苦労していただけに、
3人の功績を称えたくれた。
そして、渡された領収書を見ながら言った。
「喫茶店の領収書、特別会計の経費にしてもいいんですか?」
会長が、正義感たっぷりに答える。
「バカタレッ! 1万円の特別会費の回収のために、
3000円の経費をかけるバカがどこにおるんかっ!」
而して、チョコレートパフェ600円とアイスコーヒー400円の代金は、
昼から仕事もせずに1時間半を喫茶店で潰した会長と副会長の、
それぞれの薄っぺらな財布から、捻出されることになった。
言うまでもなく3人は、ケチにも渋ちんにもほど遠いだけでなく、
単純でおだてられると調子に乗りやすい、純情タイプなのである。