今朝も、雨の朝。


雨の日は、歩いたり、自転車に乗って登校する小中学生は、めったに見かけない。

濡れたらかわいそうだという親心と、傘などさして交通事故に巻き込まれたらという用心で、家族が自家用車で学校まで送るからなのだろうか。


そういう車もあるからだろうか、いつもより多い車の通行量を眺めていた。

すると、傘を差した小さな子が、会社の車庫に飛び込んできた。

屋根に安心したのか、傘を横に外して、大きく息をしている。


どうしたのだろう?

毎朝何人かで一緒に集団登校をしている子どもである。


ドアを開けて、その子に近づく。

胸の真新しい名札の苗字で、どこの子どもか分かった。

田舎のことである。

お母さんの顔も、おばあちゃんの顔も思い浮かぶ。

今年の春、小学校に入学したばかりの男の子だ。


イジメにあったのだろうか…

目がウルウルして、怯えたような眼差しを向ける。


「どうしたん?

 オイちゃん、見たことあるやろ~?

 心配せんでいいから、何があったか、オイちゃんに話してみぃ…」


最近の小学校では、見知らぬ人が話しかけてきても、応対しないで走って逃げろ!

と、教えているのは、よく知っている。


でも、安心していい。

キミのお母さんは、オイちゃんの娘と同い年の友だちだったし…

キミの若くて綺麗なおばあちゃんのこともよく知っている。

何も心配せんで、オイちゃんを頼っていいんだよ。


と、そんな気持ちでしゃがみ込み、子どもとおんなじ目線になって、ゆっくり優しくもう一度聞いた。


「どうしたん?」


彼のくるっとしたかわいい瞳は、いよいよウルウルになって…

「忘れ物、した…」

と言い残して、雨の中を傘を後ろに引きずるようにして、交差点を渡って家の方へ、また走りだした。


すぐに、娘と同い年の若いお母さんに電話する。

雨の中、ウルウルの瞳で、忘れ物だと泣きそうな顔で帰ったから、出迎えてあげて…と。

まあ、要らぬ節介みたいな電話である。

が、何かに怯えた子どもには、出迎えてくれる母の姿に勝る安堵はない。


1時間ほどして、若きおばあちゃんから電話があった。


育てている朝顔に、学校に行く前の水やりを忘れていたのだという。

ここ数日の雨で、朝顔の鉢植えを家の中に入れているのだそうだ。


学校まで行って教室の朝顔を見て、家の朝顔が喉が渇いている…とでも、思い出したのだろうか。

朝の1時限目に間に合うよう、雨の中を小走りで帰って来たのだろうか。

心根の優しい男の子である。


家族を憎み放火したとか…

刃物を持ち出し家族を刺したとか…

信じられないようなニュースが流れる中、まだまだこの町には純情な子どもが育っているのだ。


でも、待てよ。

彼があれだけ脅えていたのは…

何のことはない。

ドアを開けて飛び出てきて、何があったのかとしつこく尋ねられた見知らぬオッサンなのか?


朝顔の喉が渇いているのでは…と思いやる、こんな純情な子どもに、知らぬオイサンから声をかけられたたら、一目散に逃げろ…と教えねばならない社会。

こちらの方が、ずっと病んでいるに違いない。