昨夜のことである。
晩酌をしていると、電話が入る。
地酒の造り酒屋の社長からである。
かなり上機嫌のようだ。
「Qとんさん、至急キヨちゃんの店に来るように…」
キヨちゃんがやっている○○食堂は、昨日、5月31日をもって閉店するのだ。
そのことは、お店の入り口のガラスに、大きな張り紙で1ヶ月前から告知されていた。
きっと、今夜は名残を惜しむ常連客で一杯だろうな…
と、晩酌をしながら思っていた。
すっかりくつろいでいたのだが、社長の呼び出しに応じて、パジャマを脱ぎ捨てその店に行く。
キヨちゃんが言う。
今月張り紙していたからか、この数日は常連さんが入れ替わり立ち替わり、飲みににやって来たのだそうだ。
昼間は、名物のいなり寿司を買いに来る客も多く、多めに作った今夜も、すでに売り切れたと言う。
何日か前にやって来て閉店を労ったからか、それとも今夜は客が多いと遠慮したからか、客は5人だけ。
呼び出しをしてきた地酒の造り酒屋の社長。
他は、焼酎醸造の社長と、酒販売店の社長とその同級生。
そして、地元で名高い書家の先生。
二人の造り酒屋が持参したという、地酒の冷酒と焼酎のロックを替わり替わりあおる。
5人はすでに3時間くらい前から飲んでいるのだと言う。
なかなか追いつけない。
30分ほど経ったところで、もう帰ると言いだした。
「そりゃないですよ。 呼び出しておいて…
第一、今夜はキヨちゃんトコ、最後ですよ…
12時の日付が替わるまで盛り上げてあげんと…」
「だからじゃない…
Qとんさんを呼んだのは。
あとは、頼んだよ…」
4人は帰っていった。
いつもに比べると、酔った様子などない焼酎醸造の社長だけ、一人残った。
キヨちゃんも座に加わって、その社長自慢の焼酎を飲む。
オンザロックの焼酎グラスと、お湯割の焼酎グラス。
それにキヨちゃんのビールの入ったコップと、3つだけ。
あとは、ボイルした小エビが入った大皿だけだ。
キヨちゃんは、子供のいない実の伯母さんの養女として、この家にきた。
そして、若い頃から店の看板娘として、伯母さんを手伝ったのだそうだ。
伯母さん亡き後は、一人で店を切り盛りしてきたのだ。
もう間もなく、77歳である。
シミやシワなどない張りのある白い肌の顔で、とてもそんな歳には見えない。
多くの酔客の相手をしてきたからか、勝気な性格である。
変な浮いた話など一つもない。
伯母さんの代から、この町の憩いの場として、多くの酒飲み達から愛された店である。
でもなぁ~。
たった二人の客だけじゃ、昭和の時代に多くの酔客で賑わったお店の最後にふさわしくない…
と、そんな気になる。
時計を見ると、午後10時。
こんな時間でも、キヨちゃんの店の最後ならばと出て来てくれる飲み友達は…
と思いついたのが、味噌屋の四代目と、滅法お酒に強いマロンさん。
私の父も、味噌屋の四代目のオヤジも、マロンさんの父上も、かつてはキヨちゃんの店の常連だったのだ。
父親に代わって、キヨちゃんの店の最後を賑々しく盛り上げようと誘う。
そんなことなら…と、二人とも気安くやって来てくれた。
マロンさんは、キヨちゃんの店は初めてだと言う。
なおさら、イイじゃないか。
良き昭和の時代に常連だった客の二代目達で、父親達に代わって店に感謝しながら、閉店のカウントダウンをするのも悪くない。
キヨちゃんには、女手一人で大学を卒業させた娘さんがいる。
素敵な男性と結婚して、東京に幸せな家庭を築いている。
その娘さんからも、夜遅く電話があった。
最後の夜で、寂しいんじゃない…
今夜もまだ誰かが、飲んでるの…と。
他の誰より、母の苦楽を知っていて、気づかっての電話だったのだろう。
古臭い柱時計が、6月1日の午前0時を過ぎたことを告げる。
めいめいが、キヨちゃんにそれぞれが労いの言葉をかける。
さすが、多くの修羅場を乗り越えてきたキヨちゃんだ。
涙一つ流さないで、ありがとう、ありがとう…と感謝の言葉を口にする。
全然湿っぽくもならず、散会した。
キヨちゃん、本当に長い間、ご苦労さまでした。