私が住む市では、市議会議員選挙を11日に控えている。
4日に告示されて、毎日選挙カーが行き交っている。
立候補者の、ほとんどが顔見知りである。
しかも、入魂の間柄の立候補者が、圧倒的に多い。
ま、中には全く知らぬ人や、どちらかと言うと、当選して欲しくない立候補者もいないではないが…。
たった1票しか持っていないくせに、わが家の前を通る時は、道路に飛び出してしまう。
「しっかり、頑張ってさ~い」
と、大声をかける。
わざわざ車を降りてきた候補者が差し出す手を、これでもかとぐっと握り返す。
こうする人は、本当に皆当選して欲しい人ばかりである。
4日の告示の日から、雨らしい雨が降っていない。
冷たい雨が降る中の選挙戦は、特に選挙カーは辛いものがある。
開けっ放しの窓で、寒いかもしれないが、満開の桜の中、きっと気持ちも高揚するのであろう。
候補者はもちろん、後続車に乗る応援者の顔も、生き生きしている。
今日も、快晴だった。
こんな日は、ビールが旨い…はずだ。
別府からの帰り、ビールが恋しくなる。
ツマミに…
うん、やっぱりカラアゲがいい。
家まで近くなった所で、携帯電話から知り合いのカラアゲ屋に電話する。
「あと、15分くらいで取りに行くから、骨なしを揚げておいて…」
大分県は、カラアゲ王国なのだ。
特に、この店の揚げたてのから揚げは、天下一品である。
大通りを左折して、町の中心部にあるそのカラアゲ屋までは、すぐである。
ん?!
カラアゲ屋の駐車場の手前に、数台の車が…
そして、お揃いの色のジャンパーを着た集団が、車から降りている。
どうしようかと迷ったが、彼らをちょっと追い越して、カラアゲ屋の駐車場に車を入れた。
カラアゲ屋に注文した、15分をちょっと過ぎているのだ。
マイク嬢が、実況中継もどきの説明をする。
「わざわざお車を停めての励まし…
どうもありがとうございます。」
私の車が停止するのを見て、同じカラフルなジャンパーに、タスキ掛けの候補者が駆け寄ってきた。
「Qとんさん、わざわざありがとうございます。」
「今から、街頭演説? しっかり、頑張りよっ!」
例によって、しっかり手を握り返す。
彼が車の方に戻った隙を見て、頼んでおいたカラアゲを買いに店に入る。
店の中は、ホカホカの温かさと、カラアゲの香りが充満している。
喉が鳴る。
ビールが旨いぞ。
と、今夜の晩酌が、最高となることを確信する。
そして、熱々のカラアゲの入ったビニール袋をぶら下げて、店を出る。
うっかり忘れていた。
今まさに街頭演説が始まらんとしている時であった。
このまま帰ったりしたら、さっきの握手は何だったのか…
第一、わざわざ車を停めた者に、駆け寄ってきた候補者に対して失礼になるではないか。
彼の情熱あふれる演説に、耳を傾けることになった。
せめて、熱々のカラアゲだけでも、車の中に放り投げればよかった…
ぶら下げたビニール袋から、心地よい熱さがふくらはぎに伝わる。
後、どれくらい続くのだろうか…
市の財政の厳しさを数字を上げて説明しても、あの向こうの大型店の買い物客は、理解できるはずはないさ…
それより、カラアゲが冷めないだろうか…
わざわざ演説を聴いているのに、何も耳に残らない。
かくして、真摯な候補者の演説が終わるや否や、
「頑張っちょくれぇ~」
と、カラアゲをぶら下げた手と反対側の手を大きく振って、車に乗り込んだ。
プーッ…
春の心地よい夕暮れの風。
適度に喉が渇いて、ビールが旨い。
ちょっと香ばしい熱々のカラアゲを頬張って、ビールを流し込むと…
至福の一時である。
まだまだ、窓の外では、候補者の名前の連呼が喧しい。