先日のとあるコンクールの反省会で、中学校時代の恩師と同席した。

学校長で退職し、その後教育長や助役として活躍したこの先生とは、今でも折にふれ度々出会う機会が多い。


そしてその度に、あの暑い日のことを思い出す。


中学校2年生の8月のことだった。

夏休みも残り少なくなって、宿題の片づけに追われている時のことだった。

美術の宿題は、画用紙に描いた静物画を提出することだった。


父の愛飲するサントリー角瓶の前に、バナナを一房置く。

それをモデルにしたのだ。

当時は、ホームバーなるものが、飲兵衛の家にはあったりしたものだ。

中には、まったく飲みもしないリキュール酒や、シェイカーやマドラーなどの道具などが並んでいた。

当時、ウィスキーを愛飲していた父は、貰い物の酒をそこにストックしていた。

その中で一番美しく見えたのが、その角瓶だったのだ。


ところで、実は絵は苦手である。


意外にバナナの曲線が難しい。

角瓶の切子ガラスの模様も、幾何学的なようで結構複雑である。


鉛筆でデッサンをする。

書いては消し、書いては消し…

消しゴムのカスだけが小山になっていく。


一向にはかどらない様子を見た2つ下の弟が、

「兄ちゃん、オレが描いちゃろうか…」

と言うなり、ヒョイヒョイと下絵だけ完成してくれた。

「あとは、塗れば良いだけやから…」

と救いの手を伸ばしてくれた。


2歳下の弟は、当時6年生であった。

子どもの頃から手先が器用で、絵も得意だった。

自分の考えたストーリをマンガに描くのも好きだった。

それを綴じて、マンガ冊子なども作っていた。


ところで、サントリー角瓶ってご存知だろうか?

ビンの表面に、切子ガラスのような模様が入っている。

光の屈折で中の琥珀色のウィスキーの濃淡が変わり、それが新たな模様となる。

酒好きならずとも、美しいと思うに違いない。


そのウィスキーの濃淡でできた模様を絵にしようと考えていたのだ。

モデルの選び方は間違っていないと思う。

ただ、それを画用紙に描く技量がないのである。

第一、デッサンでさえ満足に仕上げられないのだから…


見るに見かねた弟が、シャッシャツと色付けを手伝ってくれた。

結局、最初から最後まで、弟が仕上げてくれたことになる。


何はともあれ、無事に夏休みの宿題は完了したのだった。


それから何日か経って…

もうすっかり秋になっていた頃だったと思う。

ある日、美術の授業があった。


先生は、冒頭話したあの先生である。

先生の態度と喋り方は、いつも隙がない。

まるで背中に一本の支柱を入れたような正しい姿勢で、口元を引き締めた口調で言った。


「先日の夏休みの宿題は、郡の絵画コンクールに全員提出しました。

 その結果、入賞した者を発表します…

 ○○、××、…、Qとん、…」


えっ、わが耳を疑った。

すべての工程を弟が携わったことなどすっかり忘れて、名前を呼ばれて素直に喜んだ。

何といっても、絵画で賞をもらうことなど、ほとんど経験がなかったのである。


そして、先生は続けた。


「以上の者は、今日の放課後、美術室に集まること。

 それぞれの作品を返すので、ゴッホ紙に描き替えてもらいます。

 入賞者は、県のコンクールに作品を提出します…」


当時、夏休みの宿題の絵は、廉価な画用紙に描いた。

そして、県大会などへは、ゴッホ紙という片面が緑色の大きめな紙に書き換えていたのだった。


夏休みの、あの暑い日の風景が、枯れ葉舞う中学校の美術室で再現されることになった。

郡のコンクールで入選した名誉ある「自分の絵」を見ながら、描いては消し、描いては消し…

そうこうしている内に、中にはもう、色付けを始めたヤツも出てきた。


しばらくして、先生が美術室に進行状況を視に来た。

ビシッと背骨を伸ばし腕を後ろに組んだ、いつもの姿勢だったと思う。

書き換えている作品の出来栄えを見て回っていて、私の横に来て立ち止まった。


私の絵がまだデッサンも描かれていない様子を見るや、

「Qとん君、キミは家で描いてきなさい。

 明日の朝、職員室に持ってくるように…」

と、命令口調で言われたのだった。


叱られた感じはまったくしなかった。

どちらかと言うと、ありがたかった。

言わば、血の池地獄もがき苦しんでいる時、天上界から降りてきたくもの糸のようなありがたさであった。


小学校から帰ってきたまま、外に遊びに行っていた弟を待ち構える。

そして、なだめすかせた。

もともと絵の好きな弟である。

無事、県コンクール用の作品も完成して、ホッとしたのはよく覚えている。。



先日の反省会の席で、その話を先生に披露した。


自分のことは棚に上げて…

調子に乗って、教育論まで展開する。

その反省会には、今現在の現役の校長や現役の先生も何人かいたのである。


放課後の美術室で、

「やっぱり、オマエが描いたんじゃなかったんだな…

 いつものデッサンですら、描いては消し、消しては描いているオマエが、

 描いたんじゃないと判っていたんだ」

と詰問して、真実をさらけ出し、罪を責めたとしても何の教育的効果などありはしない。


「家に持って帰って、描いてから持って来い」

と、言われただけだったから、その中学生は拗ねることなく、その後も素直に健全に育つことができたのだと思う。

まあ、金団雲に乗って地の果てまでいったつもりの孫悟空が、結局お釈迦様の掌から出ていなかったというのと同じ。

突き詰めて、子どもの過ちを責めたり罪を暴いたりするより、自分の過ちを周りの人は知っていたのに、知らん顔してくれていたんだ…と気づいた時、その人は謙虚を知ることになるんだと思う。


もはや当事者が誰だったのか…

言いたい放題の教育論である。


「ね、先生…」

と、前で黙って聞いていたそのかつて美術を教えてくれた先生に相槌を求める。


すると、先生は。

相変わらずの背骨をまっすぐに正した姿勢で、でも口元は大いに緩めて、笑いながら言った。


「いやぁ、アレはキミのオヤジさんが描いたんじゃなかったのか…」


この歳になって、まだ謙虚さなど何一つ覚えてなかったことを、知らされるのである。