今夜は、珍しく遅くまで仕事をした。
仕事を片づけると、遅い夕食の始まりだ。
自宅の玄関先に近づくと、小さな庭から…
キュロキュロキュロキュロ…
キュロキュロキュロキュロ…
コオロギの鳴き声だ。
あ~、もう秋なんだな…
と、ふと思う。
短い夏も、終わりである。
若い人たちは、この短い夏でも、燃えるような思い出を残すことができたのだろうか…
と、いらぬ心配までしてみたりする。
日本人は、花鳥風月を味わうことができる。
花や、草や、虫や、雲や、月などの変化で、季節の変わり目を知る。
四季の変化が豊かな日本の風土で、培ってきた日本人ならではの感覚なのであろう。
そして、その季節の変化を、人生に投影したりする感覚も繊細である。
人の心も、人の生命も、移り変わっていく…
「諸行無常」、「ものの哀れ」の世界観、人生観である。
日本人ならではの、この風流を楽しむ感覚。
私は、大好きである。
ずっと残していかねばならない、日本の心だと思う。
しかし、いつもの悪い癖である。
斜に構えて、風流を見ようとしたりもする。
科学的に考察…
ま、そこまで大層ではないのだが。
コオロギの鳴き声に、はかなさを感じるのは、実は人間のご都合主義なのだと思う。
クーラーも無き、その昔。
祖先たちは、暑い夏の日を、悶々として過ごしていた。
そして、ある夏の終わりの夕暮れ。
陽が沈むと、スーッと涼しい風がしのび込む。
数日前までの、湿った暑い南風ではない。
乾いた涼しい風に、大陸の草原の香りがするようで、ふと懐かしさまで覚える。
ほっとした安堵感が漂う。
それと同時に、どこかに何かを忘れてきたような不安な、物悲しい気持ちにもなる。
その時、近くの草叢から、キュロキュロキュロキュロ…という虫の音が聞こえたのだ。
ああ、秋はもうすぐ…
そんな安堵感と物悲しさの交錯した感情が、遺伝子に伝えられて、まるで虫の音色がその感情を代弁しているように聞こえるのかもしれない。
ちょっと、考えてみて欲しい。
暑い夏の終焉を感じさせる、はかなく物悲しく聞こえる鳴き声。
コオロギが、悟りを開いて人間に語りかけているような、あの音色。
当のコオロギにしてみれば、縄張り争いの結果の自己主張に過ぎないのである。
キュロキュロキュロキュロ…
キュロキュロキュロキュロ…
(これより通訳)
あ~、どっかいいメスいないかなぁ~
オレってさ、元気いっぱいのオス盛りなんだぜ
絶対、キミを虜にして、朝まで寝かせないさ
見て、見て、この艶のある黒い羽根
こんな大きな音の出る、厚い胸板
さあ、オレと一緒に愛を語ろうよ…
キミによく似て可愛い、
オレによく似て元気のいい…
子ども達を、いっぱい作ろぉ~~
ヤロゥヤロゥヤロゥヤロゥ…
ヤロゥヤロゥヤロゥヤロゥ…
キュロキュロキュロキュロ…
キュロキュロキュロキュロ…
と、どこぞやの脂ぎった男性が、飲み屋で誰彼構わず女性に声をかけている姿と、そう大差ないのかもしれない。
いかん、いかん。
花鳥風月。
風流を楽しめる大人になったはずたった…
虫の欲求本能そのままの鳴き声にも、わが人生を映し観るのだ。
短き夏 澄みきる虫の音 更けゆく歳
もう、寝よう。
今夜も、どうやら酔っ払ったらしい zzzzz