「ガニおこし」については、かつてブログ記事として書いたと思っていたが…

どうやらそれは私の勘違いで、高校の友だちにメールで送っただけのようだった。


夏のこの暑い時季になると、「ガニおこし」を懐かしく思い出す。


かつてわが家は、大所帯であった。

祖父母と両親、それに我々兄弟の6人と、住み込み職人2名の8人家族であった。


この季節、夕飯の準備にとりかかる母が、ザルに移した冷や飯の量を確認する。

当時は、冷や飯の保存方法は、ザルに入れて布巾をかけ、風通しのいい場所にぶら下げていたのだ。


そして、言う。

「今日は、ご飯が少ないから、今夜はウドンを打とうか…」

どうして、ご飯が少ないと、ウドンになるのか。

子供の頃、その理由がよく解からなかった。


残った冷や飯だけでは、夕食には足りない。

かと言って、新しくご飯を炊くには、中途半端であったのだ。

つまり、塩っ辛い汁をかけたウドンをオカズに、残り少ない冷や飯で夕食を・・・

と、そう考えていた訳である。

当時は、グルメより、まずは家族全員のお腹を満たすことの方が、はるかに優先されたのだった。



そして、ひょっこりひょうたん島を見ている、私たちに兄弟に、母が言う。

「エンちゃん劇場で、ウドンを打ってきて…」


「エンちゃん」は、近くの製粉工場のオヤジの愛称である。


当時は、二毛作が盛んで、米作の裏作として麦を作っている農家が多かった。

もちろん、米飯の中に麦を混ぜて主食としている家も多かったが、ほとんどは製粉屋が買い取り、それを小麦粉として仲買人に売っていたのだ。


エンちゃんは、その製粉で儲けた金で、工場に隣接して芝居小屋を建てていた。

趣味というか、大好きな旅芸人達の興業場所に、その芝居小屋を提供していたのである。

地元では、その製粉屋そのものを、「エンちゃん劇場」と呼んでいたのである。


そのエンちゃん劇場の片隅にある製麺機を借りて、ウドンを打ってもらうのである。

確か、1升で50円の手間賃だったか…

家にある小麦粉を金ボールに入れて、ウドンにしてくるのは、わが家では子供たちの役目であった。


この手伝いは、私にとっては苦痛であった。


エンちゃん劇場の入口の引き戸は、見た目よりはるかに重い。

金ボールを地面に置いて、両手で引き戸を開ける。

中に入ると、薄暗い中、大きな弛んだベルトがモーターで行き来しているのがやっと判る。

奥の明り取りの窓の光線は、入り口付近まで届かないのだ。


「お~ごめん! お~、ごぉめん!」

と、何度か声をかけないと、奥からエンちゃん劇場の婆ちゃんは、出てこない。

しばらく声をかけると、奥からすーっと婆ちゃんが現われる。

白髪頭の後れ毛を掻き撫でながら、無愛想である。

乱れた前髪の間からは、小さく切られたサロンパスが、几帳面にコメカミあたりに張られている。


そして、いかにも億劫そうな声で、聞く。

「何かぇ? ウドン…、打つんかぇ?」


小学生の子供にとって、返事もせず、頷くのがやっとだったと思う。

それを確かめもせず、婆ちゃんは無造作に脱いでいた突っかけを器用に履くと、薄暗い入り口の天井から低くぶら下がった裸電球のスイッチをひねるのである。


エンちゃん劇場の婆ちゃんの影が、大きく映る。

おとぎ話の挿絵に出てくる、あの山姥婆の影と一緒である。

「ぎゃあ~っ」

と、声を出せるものなら、出したくなる瞬間なのだ。


そして、わが家から持っていた小麦粉を、大きな鉄の釜にこぼす。

横にあるカメから、枝の折れて短くなった柄杓で、水を少しずつ注ぎ足しながら粉をこねる。

いつ汲んだ水なのだろう…と、思ったりする。

カメから水をすくう時、柄杓と擦れる音が響く。

ガラカラ、ガラカラ・・・


エンちゃん劇場の婆ちゃんの右腕は、しわくちゃだらけだ。

そして、うどん粉を練りながら、時おり右の手のひらの甲で鼻をこする。

痒いのか、鼻水が垂れているのか…

悪いものを見てしまったような罪悪感で、目をそらす。


10~15分くらいの出来事だったであろうか。

辛い、息苦しい時間であった。


帰ると、釜で暑く煮えたぎったお湯の中で湯がかれ、冷たい井戸水で洗われて、一人前ずつ一玉にする。

母に告げ口しても、熱湯消毒したから大丈夫、取り合わない。

あの白髪は、製麺機とともにもう小さく切断されてしまっているじゃないか…


あのエンちゃん劇場の婆ちゃんが打ったウドンを、みんなが美味しいと言って食べられるのか…

私には、とうてい理解できることではなかった。


余ったウドンの玉は、また竹ザルに乗せて布巾をかけて、風通しの良い所に吊るされる。


そして、翌日の昼食。

「ガニおこし」の登場である。


前夜の残りのウドン玉に、朝の残ったみそ汁をかけて食べるのだ。


冷たいウドンに、温めたみそ汁をかける。

固くなりかけたウドンに水分が含まれ、茶碗の中でウドンが伸びはじめる。

まるで、生き物の手足のように、じわっ、じわっとウドンが動き始めるのである。


「ガニおこし」は、「蟹起こし」から来ている。


砂地に潜ったり、岩陰でじっとしている蟹は、足もハサミも畳んで小さくなっている。

その蟹が動き始めるときの仕草と、ウドンの玉がほつれていく様子が似ているのである。


エンちゃん劇場の婆ちゃんの面影に脅えて、箸をつけなかった私も、その様子に魅せられて、翌日の「ガニおこし」だけはお替りまでして食べていた。

何より、暑いこの季節に、「ガニおこし」は冷たくて美味しい料理だったのである。