明日は今世紀最大の皆既日食が、日本で観測される。

新聞やテレビなどが、賑やかに報道している。

私の住む北部九州では、皆既日食とまではいかないが、太陽のほとんどが欠けた部分日食が見られるという。

もちろん、天気が良ければの話であるが…


なんでも、日本における皆既日食は、46年ぶりのことだと言う。

そう言えば、小学生だった時、日食が見られると大騒ぎをしたことを思い出す。


ニュースや天気予報のコーナーで、日食を観測する上での注意事項が繰り返されている。

直接肉眼で見てはいけない。

望遠鏡で太陽を覗いてはいけない。

それなどは、わざわざ注意するまでもなく当然のことではないのか。


子どもの頃、虫眼鏡を使った遊びは楽しかった。

太陽光線を焦点に集め、黒い紙を燃やしたりした。

紙の代わりに、レーダー光線もどきに、アリを攻撃した経験もある。

今思うと、当時の悪ガキは残酷だったのだ。

アリの焦げ臭い匂いで、太陽光線の恐さは、身をもって知っていたのだった。

望遠鏡で太陽を覗けば、網膜から煙が出てくるのは容易に想像できた。


テレビを見ながら、家内が不思議そうにつぶやく。

「わざわざガラス板にすすをつけた物で、見ようなんて言う人がいるのかしら?」


団塊の世代しか、分からないのかもしれない。

今から46年前、下敷きも高価な時代であった。

「黒い下敷きで、日食を観測しよう」と、当時の教師は小学生たちに指導していたと思う。

少なくとも、日食を観測するための「日食グラス」など無かったのである。

下敷きが半透明のものや明るい色の子どもに、日食を見るために新しく黒い下敷きを買うようになどとは、とても言えない時代だった。

それで、顕微鏡に使うガラス板に、ロウソクですすをつけた物でその代用にしたのであった。

日食をすすをつけたガラスで見るのは、当たり前のことだったのだ。


今や、すすのつけたガラス板を作って日食を見ようなんて考えつく人がいるのだろうか。

しかし、下敷きで日食を見ると、失明することもあるから絶対しないように…という注意は、何か不思議な感じがする。

あの時代の鼻たれ小僧たちは、確かに逞しかったとは思う。

しかし、少々の太陽光線などでは、失明しない強靭な網膜を持っていたとは思えないのだが。

かつて当然のように思えたことが、体に悪いからと禁止事項になったりする。

日本人が軟弱になったように思うのは、私ぐらいなものなのだろうか。


皆既日食になると星が見えるとか、明るくなるにつれ鶏が鳴くとか、数分間の日食の間、瞬間的な夜が現れるらしい。

46年前の小学生だった頃も、わくわくしたことを思い出す。

ところが、部分日食だったからか、思っているほどあまり暗くならず、落胆したような記憶も残っている。


今世紀最大とか、46年ぶりというキーワードで、はしゃぎ過ぎてはならないと思う。


言うまでもなく、日食とは太陽が月に隠れて、陰ができる現象である。

太陽が地球に隠れて、陰ができる現象だってあるのだ。


ほら、夕日が沈むのは、太陽が地球に隠れる現象の始まりである。

地球による日食は、満天の星だって見ることができるし、毎夜毎夜くり返される出来事である。


当然のことと思って、この地球による日食をないがしろにしてはなかったか。

今夜くらい、当り前のように訪れる夜を称えて、独り乾杯でもするとするか…