最近、歳を感じることが多い。
体力が落ちた。
経験を重ね、頭も固くなってきている気がする。
それをまた、常識だと決めつけてしまうところもある。
親しい友だちのブログがある。
彼女は、まだ結婚前のうら若きお嬢さんである。
彼女の妹さんに、赤ちゃんが誕生した記事がある。
そして…
赤ちゃんの着物って、
着せるときのポイントがあるんだって。
(母じゃないので全く無頓着でした、、、)
と、この写真が添えてあった。
かわいい赤ちゃんだ。
この赤ちゃんのお母さんやオバサマに、「襟を左前にするな」、「帯は縦結びにするな」と…
産院でいちいち教えなくてはならない時代になったのだろうか…
明治27年生まれの私の祖父は、昭和53年に84歳で他界した。
小学校を出て、すぐ商家に丁稚奉公に働きに出て、その後自分で店を開いた苦労人だった。
丁稚奉公時代の躾は、祖父の生活習慣の一部となっていた。
それゆえ、「左前襟」、「縦結び帯」は言うにおよばず、家族に対する指摘は厳しかった。
特に、食卓で何回叱られたことか。
ご飯やみそ汁の入った茶碗から、視線を外したり食べていると…
箸の先で、人や物を指し示したり、食べ物を刺したりしていると…
左手で逆手に水を注ごうとでもしようものなら…
大きな声で「コラッ!」と一喝された。
子供心に、祖父の「コラ~ッ!」は、それだけで恐かった。
「朝グモは殺すな、夜グモは追いかけても殺せ…」は、今でもその理由がわからない。
客が「去る」に繋がるからと、午前中の猿の話題はタブーだったし、
どんな遠方からやって来た取引先でも、午前中の集金は塩をまいて追い返されていた。
大学生となって東京での生活を始めた時、履き物屋でゲタを買って、夕方のゲタの初おろしは縁起が悪いから、ゲタの裏に付ける墨をくれと言ったら、大笑いされた経験もある。
今思うと、本当にくだらない迷信も数々あったような気がする。
しかし、役立ったことも多かった。
特に、食卓での作法は、今風のテーブルマナーに繋がることが多い。
結局は、同席で食事をする人に不快感を与えないために、人の知恵が働いたものなのだろう。
今でも時おり、居酒屋で左側の席の人に、逆手でビールを注いだりしている人がいると、思わず一言が口に出てしまう。
「逆さ水」を連想するから、悪いのではないのだ。
順手で注ごうとすると、自然に体を相手の正面に向けることになる。
それは、注いでもらう人も、好意的に感じるし、楽しいお酒の場となるわけである。
襟の左前や、帯の縦結びなども、どうして死装束となって定着したのか、その訳は知らない。
元々は、迷信だったのか…
はたまた科学的な根拠があったのか。
しかし、若いお母さんや、今からお母さんになろうとする人に、「赤ちゃんの肌着の着せ方」として改めて教えるまでもなく、日本人の常識として誰でも知っている社会が、当然だと思うのだが。
あ~、また歳を重ねたらしい。
