「体、大丈夫なんじゃろ?」
というメールを両子の阿仁王さんからいただいた。
遅々として、話の進まぬ【膵臓癌騒動】の結末に、
イライラしていらっしゃるのだろう。
と言うことで、これが最終章です。
精密検査から1週間目。
検査結果を消化器外科と消化器内科の先生方がカンファレンスして、
膵臓にできた2cmの腫瘍が何物であるか、診断してくれる日だった。
泊まりがけにする必要はなかったが、
東京で身内に会っておこうと思った。
弟の家に立ち寄り義妹に手土産を渡す。
残念ながら、弟夫婦の自慢の娘たちは、
大学の新学期が始まって不在だったが。
嫁いだ娘はどうしても仕事の関係で来れなかったが、
息子たちと夕食を共にした。
札幌から東京の本社に戻ってきた長男。
昨年春から社会人となり仕事が面白くて仕方がないという次男。
二人をホテル近くの焼肉屋に呼び出す。
翌日の検査結果がどうであれ、
取り乱すことなく自分たちの道を歩むように…と伝える。
今から30年前、銀行員として迎えた3年目の春。
母が肝癌で余命6カ月と言われ、
銀行員を続けるか家業を継ぐか、
迷いに迷っていた頃の自分を思い出していた。
限られた時間を意識して、
親子でともに今の幸せを実感できる機会は、
そうあるものではないだろう。
逞しくなった二人の息子を前にして、
父親としての幸せを実感していた。
翌日、10時前。
予約の時間より、1時間以上あるが早めに受付をする。
年度初めで、仕事の忙しい弟も駆けつけてくれた。
「良かったですね、良性です。
漿液性嚢胞腺腫。
カンファレンスで、ドクター全員同じ見解でした。
切除手術も必要ありません。
半年に1回、地元の病院で経過観察は続けてください。」
「あのう…
ネットで、いろいろ調べたんですが…
膵臓癌には、アルコールとか、脂肪分の多い食事は悪いとか。
良性でも、今後のために食事制限とかは必要なんでしょうね?」
「ですから、膵臓癌ではありません。
これが、悪性の膵臓癌になるということは、ありません。」
「じゃあ、先生からお墨付きをもらったといことで。
カラアゲやトンカツで、
晩酌のビールもグイグイやってもいい訳ですね。」
「いや、別にお墨付きと言う訳じゃありませんよ…」
先生も笑みを浮かべ、
心配してくれていた弟も、横で高笑いをしていた。
先生に深々と頭をさげて、診察室を出た。
現実に戻る。
そうなのだ。
ここは全力で癌と闘っている人たちの戦場なのだ。
笑顔で出た弟も、きっと同じことを考えたのだろう。
すぐに、二人とも俯いて口をつぐんだ。
ついさっきまで同じ境遇の人たちだと親近感を抱いていた人たちに、
本当に申し訳なく思えてきた。
大騒ぎだけしていて、騙したようですまない気持ちになる。
家で待つ妻には、モノレールの中から、
結果報告のメールをする。
大山鳴動して、ネズミ一匹。
お騒がせいたしました <(_ _)>
昨日まで、仕事の大事な事務や、
私の管理している家のこまごました事を、
片っぱしから妻に引き継いでいた。
妻も、それを大学ノートに一生懸命記録していた。
嬉しいというより、昨日までの大騒ぎは…いったい何だったんだ??
という、肩すかしのような感じが漂う。
終戦後、28年間。
グアム島で一人生き延びて帰国した横井庄一さんの第一声。
「横井庄一帰ってまいりました。
恥ずかしながら生き永らえて帰ってまいりました。」
この時の心境ではなかろうか。
空港に迎えに来てくれた家内の車に乗り込みながら、
わざとふざけたように言った。
「Qとん、恥ずかしながら生き永らえて帰って参りました。
まだしばらくご迷惑おかけしそうですっ!
よろしく…」
妻は、この騒動の顛末をどう受け止めていたのだろう?