今から5年前、平成14年9月30日の夕方のことである。
私の住む所では、「お日待ち」
と呼ばれる神事がある。
天照大神が天岩戸にお隠れになった神話から続けられている。
祝詞が始まる前、隣に座っていたある医者に尋ねた。
その先生も私も、氏子(住民)を代表して拝殿に座っていたのである。
「先生、昼あたりから心臓がムズムズするんですけど…
この年になって、恋のときめきなんですかね?」
人の良いこの先生は、心で思うことがすぐ顔色に出る。
手首を握って脈を取ると、すぐ眉間にシワを寄せた。
「どうしますか?
救急車を呼びますか?
タクシーで病院に行きますか?」
これが、私と不整脈の出会いの始まりであった。
アドバイスを無視し自家用車で行った緊急病院に、この夜から3日間入院。
その後、ワーファリンと、サンリズム服用の生活が始まった。
ワーファリンの服用は、1年ほどで止めた。
そして、サンリズムも昨年の4月から服用を止めた。
3ヶ月に1回は、定期的に心電図をとるようにという主治医の言うことも聞かず、検査をしない月日が流れていた。
昨夜。
左胸の肋骨の間に、かゆみを感じた。
表面から掻いても、胸をドンドン叩いても、むず痒さは変わらない。
ん?!
5年前のムズムズも、こんな感じだったっけ?
今日、久々に主治医の○○クリニックを訪ねた。
「あら、○○さん、お久しぶりです。」
受付の若い女の子は、顔を覚えてくれていた。
「悪くならんと、来る人じゃないとは思っていたけど…
相変わらず、休肝日も設けず飲み続けているんでしょうな」
さすが、人の心臓を診る名医と呼ばれるだけはある。
心の中も見通しなのであろうか。
まとめて、検査をしてもらった。
心臓エコーの検査は、受付にいた女の子。
いつの間にか、エコー技師の資格を取ったのだろうか。
この病院に代わった3年ほど前は、確か私より年上のオバサンがエコー検査をした。
上半身裸になって、診察台に横たわる。
彼女は、検波器を持った右腕を脂肪の付いた私のお腹を抱くようにして座る。
背中の心地よい圧力は、彼女の腰骨によるものか。
ゼリーを塗りたくった右の乳首周辺を、くるくると触る。
「寒くないですか?」
鼻にかかった今どき風の甘ったるい声で尋ねられて、ふいに我に返る。
イカン、イカン…
何を勘違いしているのか。
誕生日を迎えまた一つ歳を取ったというのに、こんな小娘相手にドキドキしおって。
「し、心拍数が上がってんじゃないですか?」
「心臓が、バクバクひくついていませんか?」
モニターを真剣な眼差しで見つめる彼女にかける冗談が、虚しい…
検査の結果は、どこも異常がなかった。
一番心配なγ-GTPの数値が出る血液検査は、翌日以降だったし…
とすると、昨夜のムズムズは、何だったのか?
誕生日を迎え、オジンもいよいよ佳境の年代。
エコー検査であれほど興奮するのだから、「恋のときめき」があってもおかしくはないのかも…
受付で治療費を支払うと、彼女は言った。
「今日は、誕生日だったんですね。
おめでとうございます。」
最高の誕生日プレゼントであった。