「ハモ(鱧)は、魚偏に豊と書くんですよ。
 二人の結婚生活が、豊かになるとよろしいですね…」

料亭の女将が、ふくよかな顔に満面の笑みを浮かべて歓迎してくれる。
今夜は、5月に結婚したばかりの、くだんの市長令息夫婦をこの料亭に招き、われわれ夫婦との夕食会をした。


明治時代に建てられたという建物は、国の登録有形文化財に指定されている。
わが家から車で1時間ちょっと。
県北の城下町にあり、ここを利用するのは今度で4回目になる。


打ち水をした敷石を踏み、玄関の式台で靴を脱ぐ。
女将に案内されて、黒光りのする廊下進む。
手を入れた内庭を眺めながら、一番奥の離れの間に案内してもらう。

手作りのガラス窓を通して、この離れのために造られた内庭が見える。
障子の向こうの飾り廊下も、外の竹林も、ライトアップされ幽玄さを演出している。


この部屋なら、誰か誘って、二人きりもいいな…と、妙に頬が崩れる。
少なくとも、作家城山三郎が愛したという「刀傷の遺る部屋」よりずっといい。


昭和2年生まれ。
海軍特別幹部候補生として終戦を迎えた城山三郎は、この料亭の近くにある宇佐海軍航空隊から飛び立って行った予科練の特攻隊員に特別の感慨を持っていたらしい。
刀傷は、海軍航空隊の若き兵士が、突撃前夜に興奮のあまり付けたとされる傷である。

城山三郎は、最初その話を女将から聞いて、この刀傷のついた鴨居を手で撫でて泣いたと言う。

「城山先生は、一度も色恋の小説なんか書きませんでしたのよ。
 何度も、私どもの所にお見えになって、
 ハモを召し上がりながら、
 平和の大切さを後世に伝えないと…と、
 おっしゃっていらっしゃいました。」

次に来る時は、この離れの間を予約して、注しつ注されつ…

邪念の心に、清い打ち水を浴びせられたような気がした。

そうか…
62年前の、ちょうど今夜みたいに暑い夜のことだったのだろうか。


ところで、ハモ料理。
筆舌に表わせぬほど、美味であった。
地酒の冷酒もすすみ、新婚夫婦に対する説教の弁舌も滑らかに…
至福の一時であった。


明日は、昼から開催される会議で、鹿児島まで行く。
高速道路を使って、5時間。
愛車を、南に向けてひたすら飛ばすことになる。


62年前、この料亭で国家のための決死の覚悟をした若者たち。
どんな気持ちで、南方の海上に向けて航空機を飛ばしたのだろうか?


明晩は、天文館のネオンになど誘惑されず、平和のありがたみについて一考するとしよう。


…できるかなぁ?