雨の日曜日。
♪雨がしとしと日曜日…
と、ずいぶん古い歌を口ずさんでみる。
ほら、ほら、もうこれで年代がバレそうだ。
先日、六本木の、とある店に入った。
初めての店である。
隣に座った女性が明るくハキハキと話しかけてくる。
彼女は、大きな夢を持っている。
若い人が、自分の夢を輝いた瞳で話す姿は、見ていて気持がいい。
彼女は言った。
「悪い人じゃないみたいだから…
これ私のブログ。
今、挑戦していること書いています。
また、ゆっくり見て下さい。」
ブログの存在は、早くから知っていた。
が、あらためて考える。
Blogって、一体何の略字なの…?
まったく何にも知らないじゃないか。
ブログが現在の若い世代にこれだけ浸透していることも知らなかった。
件の女性のブログを拝見した。
お店で話していたことが、理路整然と記されている。
彼女の詳しいプロフィールや、スケジュール。
それに顔写真や部屋の様子まで…
いいの?
ここまで公開して?
と、時代遅れは心配してしまう。
かつて人類が言葉を使うようになって、より進化した。
文字ができて、時代を超えて情報が残ることになった。
電話や放送が登場して、距離や相手を選ばす、広範囲にタイムリーな情報が提供できるようになった。
個人の考えや主張を披露する手段として、ブログは今後も発展していくのだろう。
若かりし頃、雑誌に文通紹介欄というのがあった。
同じような趣味や考えの人を探して、手紙のやり取りをしようと言うものである。
数日待って、イメージと異なったカナ釘で引っかいたような文字で返事が来る。
これはまだ良い方で、ほとんどは一方通行だった。
仮に文通が始まっても、数回手紙のやり取りをするうちに、いつの間にか途絶えてしまったものだ。
それでも、見も知らぬ人と自分の環境や意見を交換することは楽しかった。
漠然としたロマンがあった。
ブログ。
自分の情報や心の動きを自由に記し、それを他人が自由に読むことも意見することもできる。
不特定多数の大勢の人と、瞬時にして情報交換できるメディア。
文通に喩えるのはずいぶん乱暴な話だが、何十人の文通相手と何ヶ月分の手紙のやり取りが、一日で可能だ。
♪雨がしとしと日曜日…
と、鼻歌交じりでこの新たなメディアを始めてみる。
果たして、どんなブログになるのだろうか?
かつて、ネットの掲示板を通じてできたような人間関係も生まれるのだろうか?
第一、不特定多数の閲覧に、自分自身をどれくらい曝け出すことができるのかも、大きな疑問であるのだが。
まあ、いつものように、ほろ酔い加減で、アレヤコレヤの世間話のつもりで…
思いつくままに、書いてみるとするか。