なんやかんやスケジュールに追いまくられているうちに、
いつの間にか9月になってしまっていた。
9月。
別名、長月。
四季の豊かな日本。
どの季節もそれなりに趣があって好いが、
この長月は特にいい。
真夏のうだるような暑さが残る夜から、
ふっと秋を感じる風が窓から忍び込む夜。
煩悩と欲望に渦巻く日常から、
ロマンチックな気持ちにもなるというもの。
長月の語源も、夜の長い月。
夜長月から変わったものであったと思う。
もっとも旧暦の長月は、
新暦の10月の頃の季節である。
もともと、夏が終わったばかりの今よりも、
もっと深まった秋の夜だったのだろうが…
足びきの山鳥の尾のしだり尾の
長々しき夜を一人かも寝む
…は、ご存じ百人一首の一つ、
柿本人麿さんの短歌。
中学生の国語の授業を、
つい昨日のように思い出す。
母にかかる枕詞が、「たらちね」
山にかかる枕詞は、「あしひき」…
と、国語の先生が、教壇で教えてくれた。
(先生の言葉は、地元の本格派方言だったが、
きっと理解不能の方も多いかと。
ここは標準語に近い方言にて…)
いいかい、「たらちね」は「垂れた乳」のことなんで…
あんた達の母ちゃんの乳も、
皮だけになって、
下に垂れてしもうてるやろ?
そうやけん、
「母」の言葉を言うのに、
「たらちね」と前置きしたんで…
まあ、「母ちゃん」と言うところを、
「おっぱいがシワくちゃになって、
デレーっと垂れた、母ちゃん」と、
言ったわけやな。
枕詞ちゅうのは、なかなかシャレてるやろ?
周りで女子が軽蔑するようにざわめいている中で、
もう小学校の低学年から、
しばらくお風呂にも入っていない母の乳も、
先生が言うように、デレーっとシワだらけになって
垂れてしまっているのだろうか…
と心配しながら、想像していたものだった。
山の枕詞の「あしひき」については…
山鳥の尻尾のように
長い、長い、長~い…と
「の」をしつこく何回も入れて、
秋の夜の長さを表すための、
山鳥の山のためにかかる枕詞。
と、先生の説明の後、
誰かが質問したことが頭に残っている。
先生、結局、単に「長い夜を一人で寝ようか」
というだけの短歌ですか?
先生は、よく鼻までずり落ちていた眼鏡を指先で顔に押しつけて、
ニヤッとしながら…
秋の夜は、長いんで…
スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、実りの秋…
と、いろいろ秋のことを表現するけれど、
若い年頃の男の人や女の人には、
秋は恋の季節なんで。
そうやけど、
相手の人が来んかったりすると、
淋しいんやな。
「あん人は何しよるんやろ…?」
と想うたりすると、なかなか時間が経たん…
秋の夜は、相手が来んとなかなか時間がたたんのやな。
まあ、大人になったら、すぐ分かるようになる…
よき時代である。
まだまだ、純情であったと思う。
歳を重ねて、いろいろ知ってくることは、
人間にとって幸せなことでないと思う。
柿本人麿さんが、平成の時代の若者ならば…
シャワーを浴びて、入念に身体も手入れをして…
好きなワインも冷やして待ってるのよ。
うん?
さっき響いたエンジン音は、
あなたの車じゃなかったの?
あら、メールの着信音が…
えっ?
今夜もまた、来れなくなってしまったの。
また、あなたのいない淋しい夜を、
私一人で寝ないといけないのね…
とでも、読みたかったのか。
いい歳をしたオッサンは、
やたら経験を積み重ねた後、
初々しき頃を懐かしむだけ。
足びきの山鳥の尾のしだり尾の、
長月の夜に、独りブログを書き込む姿も、
また哀れなり