今の処方は私にとってベストなものなのでしょうか?と言う質問 | kyupinの日記 気が向けば更新

今の処方は私にとってベストなものなのでしょうか?と言う質問

最近、診察時に、タイトルのような質問が出た。よく考えると、このような質問を滅多に受けたことがないことに気付いた。

 

身体科の場合、例えば癌の治療では、手術をするか、化学療法をするか、ホルモン療法をするか、あるいは放射線治療をするかなど選択肢があり、いくつかは重複することもある。また全く何もしないと言う選択肢もなくはない。

 

精神科の薬物療法の場合、レセプターに関わる薬の選択が主なので、身体科の高血圧治療に似ている。しかし高血圧治療は血圧を下げるほぼ一方向であるのに比べ、精神科の治療はやや複雑である。統合失調症の処方に限っても、少なくともレセプター遮断一辺倒ではない。昔の抗精神病薬は薬理作用がD2遮断が主体だったため、薬剤性の陰性症状に似た副作用も発生していた歴史がある

 

また高血圧治療の場合、効かない、あるいは効果が乏しいなどの反応はあると思うが、統合失調症、うつ病、躁うつ病の場合、薬のためにかえって悪化すると言う結果もある。しかも結構な確率でありうるのである。

 

このようなことから、「今の処方がその患者さんにとってベストなものなのか?」どうかの判断は容易ではない。少なくとも、薬を飲まないよりは遥かに良いように見えるが、ベストかどうか問われるとベストと言い切れないことも多い。また、それは検証すら難しい。

 

その理由は、最初の薬の選択でそこそこ落ち着いてしまうと、更に試行錯誤はしないことの方が多いからである。外来治療だと一層そうなりやすい。

 

それと精神科の場合、本人が洞察できない(病識がない)場合、本人の自覚的できる改善の程度と、家族が感じる改善の程度がかなり違うこともあることも複雑にしている。

 

このように考えていくと、タイトルに挙げた「今の処方は私にとってベストなものなのでしょうか?」と言う質問は、洞察という点でかなり自分のことがわかっている人にしかできないことがわかる。だからこそ、精神科ではそのような質問は滅多にないのである。

 

自分の処方がベストかどうか疑問を持ち、質問できる人は概ね確からしい処方を受けているケースが多いと言える。その理由は、ベストかどうかを聴いているから。

 

さて、ある日、自分の担当ではない女性患者さんを偶然外来診察していた。その人の処方は、以下のようだったのである。

 

ソラナックス(0.4)  2T

    2x不安時

 

ソラナックス1日、0.8mgの処方である。その女性患者さんは、僕が担当医ではないので、これが自分にとってベストかどうか聴いたのである。同じ病院内だが、セカンドオピニオン的な質問だと思った。

 

診断は軽い社会不安障害である。もう少し説明すると、この患者さんは約15年前に初診。転院前からこの処方で、しかも30日分処方されているのに2か月に一度しか来ないような人である。つまり1日平均、ソラナックスを1錠服用しているのである。だからこそ、来る曜日が狂い主治医でない時に受診するのであろう。

 

この事例は説明しやすい患者さんと言える。と言うのは、少量のベンゾジアゼピンを15年間安定して増えることなく過ごしているのである。個人的には絶対値でベストと言って良いと言える。ただし、一応、説明は要するケースだと思った。

 

僕が診察時に説明したことは、以下のような内容である。

 

今は社会不安障害はソラナックスではなく、レクサプロなどのSSRIを処方することが一般的であること。

 

しかし、SSRIは調子が悪い日とかその瞬間に服薬するタイプではなく、毎日必ずきちんと服薬する必要がある。日本人には副作用のためSSRIが服用できない人が一定の割合でいて、SSRIから始めたとしても続かず、ソラナックスやワイパックスやレキソタンになる人もいる。

 

ソラナックスは、当初は眠さや集中力低下が出ることがあるが、ソラナックスが副作用で服薬できない人はほとんどいない。薬物性の肝障害も診たことがないほどの頻度であること。

 

人によれば、ソラナックスのようなベンゾジアゼピンは次第に効果に馴れてしまい、増えていく人がいるが、そうならない人もいる。貴方の場合は、薬の量が増えることもなく、普通に接客の仕事を長期間休まず続けられているので、服薬し続けたメリットはかなりあったと言って良いでしょう。

 

もし15年前にSSRIから始めていれば、今よりはるかに良かったと言う結果が出ていたとは到底思えないので、今の処方は概ねベストと言って良いでしょう。

 

超長期的には、高齢者では筋弛緩作用(転倒しやすい)とか、抗コリン作用(認知症に良くない)、せん妄のリスクが言われているので、避けられることも多くなりますが、今の年齢だと平均用量も低いため、問題にならないでしょう。

 

今の処方はベストではないと言う医師はいるかもしれませんが、僕は決して悪くない治療パフォーマンスだったと思いますね。

 

最後にこれは重要ですが、主治医が今更、SSRIに変更しましょうなどと言うと、おそらく貴方は嫌がると思います。だから、患者さんの方から今から変更したいといえば相談には乗りますが、現実的にはあまりない希望です。

 

と言った話をした。

 

ところが、現在、僕に患者さんにはこのようなシンプルな処方の人がほとんどいないことを思い出した。

 

基本、ソラナックス、デパス、レキソタンからは始めないが、うちに転院してきた時に既にベンゾジアゼピンを服薬している人に対し、積極的にはこちらからは中止しない。その理由は、そこまで頑張る価値などないからである。

 

おそらく、自分の患者さんでソラナックス0.4㎎くらいの人は、やがて通院をやめてしまっているのではないかと言う気が非常にする。だからこそ、そういう処方の人が全然いないのである。

 

デパスが最高量で、同時にSSRIかSNRIも服薬している人は、ほぼ転院してきた人だが、例えば

 

レクサプロ 20㎎

デパス   3㎎

 

くらいの(1日服薬量)の人は、ほぼ変更の余地がないように見える。と言うのは、このデパスを中止するとか僕が言い始めると、本人が強く嫌がるからである。基本、精神科でも治療は任意のものだ。

 

もし、この人が「私にとってベストなものなのでしょうか?」と聴いたとすれば、服薬する前提ではレクサプロ20㎎か10㎎単剤がおそらくベストでしょう、と答えると思う。神経症は実体がないこともありうるので、真のベストは薬ゼロであり、実際そのような経過もある。

 

転院してきた人で、ソラナックス1.2㎎くらいの処方を受けていて、やがて来院が途絶え、たまに3年から5年後に再診する人がいる。(実際、今日そのような人が来た)。

 

この間の状況はこちらも聴きたいところで、どんな風だったのか聴いてみた。ところが、離脱もなく何となく飲まなくなり、そのまま過ごしていたようであった。

 

この人は3〜5年間服薬しなかったわけで、治癒していたとみなされる。こうなる人は、ソラナックスでもレクサプロでもそうなるので、真の理想は薬ゼロと言うのが正しいのかもしれない、と思った。(久しぶりの患者さんを診て)

 

その患者さんになぜ再診したのか問うた。

 

最近、あまり眠れないと言う。この主訴をみると、前回とは主訴が異なっているし選択される薬も違うものになる。

 

精神疾患がブランクを経て、連続しているとも言えないのであった。

 

参考