初老期幻覚妄想状態の話 | kyupinの日記 気が向けば更新

初老期幻覚妄想状態の話

かつて精神科では「初老期幻覚妄想状態」という診断名が付けられることがあった。今回は、この診断名の話。

 

まず初老期なる年代がいつなのかが曖昧である。僕はずっと以前は初老期とは40歳代の中盤から50歳前後くらいをイメージしていた。今は皆けっこう若いので、60歳代前半くらいを指すのではないかと思う。(自信なし)

 

初老期幻覚妄想状態という病態をICD10 で探せば全くないわけではないだろうが、おそらく疾患性にピッタリのものはないと思う。

 

初老期幻覚妄想状態とは、幻覚妄想が生じているが、明らかに統合失調症ではない初老期の精神疾患である。もちろん医師が変われば診断名変わるが、かつては最初から統合失調症と診断する医師はほとんどいなかった。なぜなら、到底、統合失調症に見えないのもあるが、この年代で統合失調症は発症しないことがほとんどだからである。

 

初老期妄想状態と診断しないなら、非定型精神病や躁うつ病などの診断名も挙がってくる。なぜ躁うつ病が挙がるかというと、躁うつ病も幻覚妄想が起こりうるからである。また、この年代の精神病状態には、躁うつ混合状態や、うつ状態が優位な病態もあることも大きい。実際に、この年代の初老期幻覚妄想状態全てを躁うつ病と診断する変わった精神科医も存在していた。

 

現代社会では、この病態をシンプルに統合失調症と診断する若い精神科医もかなり多いと思う。操作的に診断すれば、そうなりやすいからである。それが真に正しいかどうかはともかく、操作的診断法が治療手法のチャートであるならば、そこまで変ではないと思う。というのは、現代ではいずれの疾患も非定型抗精神病薬治療が主体だからである。

 

初老期幻覚妄想状態の病態、経過、家族システムなどを仔細にみると、統合失調症というより、双極性障害的だと思う。したがって、全て躁うつ病と診断したかつての精神科医は極端には間違ってはいないのではないかと思った。

 

初老期幻覚妄想の増悪期を脱した後、無為自閉的な病態が数か月遷延している時、この人はやはり統合失調症であったか?と思いやすいが、それでもなお、もう少し経過を診るべきである。その理由は、幻覚妄想の規模が大きければ大きいほど、精神活動が低下する状態が数か月単位で続きやすいからである。過去ログでは、若い人のケースで以下のような記事を挙げている。

 

 

この記事は若い人の治療経過中に診られたものだが、初老期の患者さんでも同じようなことが起こる。結局だが、精神科病院内で行われるリハビリテーション、作業療法などはこのような病態に治療的なのである。なぜ経過観察が必要かというと、数か月時に1年近くスランプがあった後に、著しい回復を見せることがあるからである。重い精神病状態はそのような経過になりやすいのもある。

 

かつての初老期幻覚妄想状態なる診断名が、独立している疾患なのか個人的には疑わしいと考えている。むしろ色々な疾患が集合した症候群だったのではないか? 以下例を挙げる。

 

1、躁うつ病

中、長期的には躁うつ病におさまる人もいそうに思う。ただ、基本的に躁うつ病の人は幻聴は多くはないので典型的ではない。落ち着いてきたとき、ほとんど幻聴がなく、精神症状のウェーブが診られる人や、家族歴に躁うつ病がいる人は躁うつ病と診断して良いのかもしれない。

 

2、非定型精神病

非定型精神病に良く見られる幻覚妄想があるなどが参考になる。(過去ログ参照)。非定型精神病も広く言えば躁うつ病である。

 

3、妄想性障害

ここに入る疾患もあると思うが、この疾患性を診ると、躁うつ病的ではなくむしろ統合失調症、あるいは自閉性スペクトラムやADHD的である。妄想性障害は薬である程度収まるものの躁うつ病的なバイオリズムが診られない。その点でも躁うつ病的ではない。

 

4、身体疾患に由来するもの(症状性精神病)

いわゆる器質性疾患。初老期はいろいろな身体疾患が起こってくる年代で、器質性由来の精神病状態が生じうる。また、ステロイドなど薬剤性の影響からくる精神病状態も混入する。ある程度身体疾患が収束してもなお精神病状態が続いているとしたら、おそらく身体疾患は発病のきっかけに過ぎなかったのかもしれない。なお、非定型精神病は体内のホルモンバランスの変化がきっかけになりうるので、上に記載しているが同じように診ることもできる(それでも非定型精神病は分けて考えたい)。

 

5、統合失調症

実は、初老期幻覚妄想状態には統合失調症はほとんどないのではないかと想像する。というのは、統合失調症に見えない人がほとんど全てだからである。また、長期的に次第に無為好褥になる人々はいかにも統合失調症っぽく感じるが実は統合失調症由来ではないと考えている。

 

6、自閉性スペクトラムやADHD

元々、これらの疾患群が背景にあり、初老期に何らかのきっかけで幻覚妄想が生じたもの。これは頻度的には高いと考えられる(私見)。というのは、統合失調症っぽくないことが説明できる上に、生活歴を仔細に聴取しているとしばしばそのような所見が散見されるからである。おそらくこれらの疾患群の人たちは脳の危機に際し、制御機能がうまく働かないのであろう。

 

元々、統合失調症や躁うつ病の概念や診断基準には自閉性スペクトラムやADHDなどの疾患は十分には考慮されていないので、このようなバラバラなことになりやすい。ただ、今の操作的診断症にはそこまで難しいことは要求されていないので、それが欠点ともいえないと思う。

 

最後の「自閉性スペクトラムやADHD」を背景に持つ初老期幻覚妄想状態に人たちは、最近の若い人のような社会適応の悪さやコミュニケーションの困難さが見えない。これをどのように考えれば良いかと言えば、この世代(60歳前後)の人はかつての昭和的な家族や教育環境の結果、これらのいかにも発達障害的な問題が軽くなっている可能性がある。もし彼らが平成に生まれていたなら、おそらく不登校などの問題が生じていたような気がする。実際に生活歴で大きな転職があったりするが、その理由は会社内の人間関係で悩んだなどと言う。また、彼らの家族歴も重要だと思う。孫くらいになると、ASDやADHDなども診られているからである。

 

現在、提出すべき診断書に初老期幻覚妄想状態と記載する精神科医はほとんどいないと思われる。今回の記事は、かつて付けられていた診断名についての私見である。