スペイン風邪の話 | kyupinの日記 気が向けば更新

スペイン風邪の話

スペイン風邪は第一次大戦末期に世界で大流行し、死亡者4000万~1億人という極めて悪性のインフルエンザであった。(A型インフルエンザウイルス(H1N1亜型))

 

なぜスペイン風邪と呼ばれるかと言えば、当時ヨーロッパで第一次大戦が続いていたため、戦時の政府が国内の感染状況を発表しなかったことによる。発表しない理由は、わざわざ敵国に自分の国の苦境を知らせたくなかったからである。それに対し、スペインは中立国だったため検閲を受けず自由に報道でき、多くの感染状況が発表された。そのようなことからスペイン風邪と呼ばれるようになった。

 

スペイン風邪の最初の発生地は諸説があるが、アメリカのカンザスあたりという説が有力である。当時、中国人があまり感染しなかったなどから中国から発生したという説もある。(中国人は既に抗体を持っていたという解釈からそうなる)

 

スペイン風邪は今風に言えば新型インフルエンザで、鳥インフルエンザに由来し当初ヒトに病原性を持たなかったが、変異が生じ大きな病原性を持つに至った。アメリカ発生説では、第一次世界大戦のアメリカ参戦による派兵により、大西洋を渡りヨーロッパにパンデミックが及んだことになる。

 

ヨーロッパでは何年も戦争が続いており、ヨーロッパ各国の衛生状態や栄養状態が悪化し爆発的に流行するに至った。また当時の医療レベルでは、インフルエンザウイルスを分離する技術もなく、薬も抗ウイルス薬はおろか抗生剤さえなかった。インフルエンザは時間がたつと、細菌性肺炎に至りやすいので抗生剤は無意味ではない。

 

スペイン風邪の特徴は20歳から40歳の青年~壮年期に致死率が高かったことである。それに対し高齢者や子供は比較的スペイン風邪に強かった。なぜこの世代の致死率が高かったというと免疫機能が良かったことによる。スペイン風邪は経過中、サイトカインストームが生じ、その結果、ショック、DIC、多臓器不全に至る。これはしっかりとした免疫機能が完成されていない場合、かえって起こりにくい。これらのことから、現代社会にスペイン風邪が発生したら、医療的にかなりうまく対処できそうである。当時のような致死率にならないと思う。

 

スペイン風邪ウイルスは1918年の春から秋にかけて変異が生じ、より毒性の強い株になった。既に感染して治癒した人たちは変異した後半のインフルエンザに罹患しなかったといわれる。この毒性の強さと致死率の高さから、その後2年くらいで急速に終息するに至った。インフルエンザウイルスは悪性度が高すぎると、自分も生き残れないのである。(悪性度が高いと徹底した防疫が実施されることもある)

 

スペイン風邪は青年~壮年期に重症化、死亡率が高かったことから、ヨーロッパ各国が戦地に十分な兵士を送れなくなり第一次世界大戦終結を促進したと言われている。

 

1997年、アラスカの永久凍土に埋もれていたスペイン風邪犠牲者を掘り起こし組織を取り、スペイン風邪ウイルスを分離することに成功している。その後、2005年、遂にスペイン風邪の遺伝子配列が解明されたのである。また、このウイルスを再現しサルなどに感染させ当時の感染者の臨床症状を明らかにすることができた。このサルは、免疫系の過剰反応からサイトカインストームを引き起こし死亡している。

 

当時、スペイン風邪のパンデミックの際に各国は検疫を実施している。ほとんどの国では感染が防げずパンデミックに至った。しかしサモアでの感染状況はとても参考になる。ニュージーランドは第一次世界大戦から帰国した兵士から感染が広がった。ニュージーランドでは兵士死亡者数の2倍の死亡者が出た。1914年から西サモアはニュージーランド占領下にあったが、人口の90%が感染し20%が死亡したと言われる(7500人)。ところが、米領サモアは完璧な検疫が行われたために島内にスペイン風邪は入らなかったのである。(死亡者0)。他、フランス領ニューカレドニアも感染者が出なかった。

 

当時のスペイン風邪では精神症状がしばしば報告されている。特に嗜眠性脳炎である。近年はほぼ見られない疾患で、あるいはこの病態が現代では軽症化しているのかもしれないと思う。

 

風邪~インフルエンザ、あるいは肺炎後のうつ状態は良く知られており、リエゾンでは良く診る。このような人には今ならジプレキサかレキサルティの少量を処方してわりとうまく改善している。なぜリフレックスにならないかというと、リエゾン時に既に投与されていることが多いからである。

 

感染後うつ状態を呈する高齢者は食欲もさっぱり上がらないことが多く、ごく少量のジプレキサ(オランザピン)は理にかなっている。この病態の高齢者はいつも寝ているので、嗜眠性脳炎と同じスペクトラム上にあるのではないかと思う(私見)。これが軽症化という推測の意味である。

 

当時の報道をみると、スペイン風邪の大流行時、都市機能が麻痺していたことがよくわかる。マドリードでは、オフィースやショップは全て閉鎖されトラムは停止していた。アメリカではマスクをしていない人はトラムへの乗車を拒否された。また、道に唾を吐くと逮捕されたと言われている。家庭では、時に家族全員が罹患し、買い物に行くとか、食事を作る人が誰もいない事態になった。都市機能だけでなく家庭も麻痺していたのである。

 

明日から行われる全国の小中高校の臨時休校だが、スペイン風邪流行時に、そのような封じ込め行政が実施された地域とそうでなかった地域の疫学的調査も参考になっていると思われる。当時、閉鎖した地域の方が明らかに感染率が低かったからである。

 

ただし100年前に比べ、現代は都市の人口集中、学校以外の社会状況(会社、工場、地下鉄、イベント全て)が大きく異なっている。政府としては、とにかくやるだけやってみようといった感じなんだろうと思う。

 

参考

ペスト