セリンクロ | kyupinの日記 気が向けば更新

セリンクロ

20193月に大塚製薬からセリンクロ(Selincro)と言うアルコール依存症、飲酒量低減薬が発売される見込みである。セリンクロの一般名は、Nalmefene Hydrochloride(ナルメフェン)と呼ばれる。セリンクロは、アルコール依存症の人の飲酒量を薬物的に減らす全く新しいタイプの向精神薬である。剤型は10㎎錠のみで110㎎を飲酒の1~2時間前に経口投与する。11回投与で適宜増量できるが、120㎎までである。

 

今回の記事はやや難しい部分もあるが、できる限りわかりやすく簡単に記載することにする。

 

一般に、オピオイド受容体拮抗薬として、ナルトレキソン、ナロキソン、ナルメフェン(セリンクロ)の3種類が挙げられる。これらオピオイド受容体拮抗薬は、アヘン類オピオイドやアルコール飲用によって起こるハイな気分、多幸感を軽減、消失させる。また同様に、慢性的なアヘン類やアルコール濫用からの離脱時の薬剤への渇望も軽減、消失させると言われている。

 

ナルトレキソンは1965年に最初に製造され、1984年にアメリカで医療用として承認されている。ナルトレキソンは、ReViaおよびVivitrolという商品名でアルコール依存症またはオピオイド依存症のコントロールに処方されている。(本邦未発売) 

 

またアメリカではナルメフェン(商品名;Revex)の注射剤が1995年にオピオイド過量投与の解毒剤として承認、販売されたが、2008年頃に製造中止になった。これは、おそらく高価で売れ行きが悪かったためである。また既にナルトレキソンが販売されていたこともあると思われる。アメリカでは、ナルメフェンの錠剤は発売されたことがない。

 

体内のオピオイド受容体は薬理学的に、μ、κ、δのいずれかに分類されている。ナルトレキソン、ナルメフェンは、これらオピイオイド受容体の競合的拮抗薬である。ナルトレキソンはκ、δの拮抗作用が比較的弱く、μ受容体の拮抗作用が優位である。一方、ナルメフェンはこの3つの受容体全てを同じように遮断する。(厳密にはμ、δ受容体にはアンタゴニスト、κ受容体には部分アゴニストとして作用)。

 

μ受容体の活性化は中枢と末梢の制吐作用に関与するため、これらの遮断は嘔気を惹起する。そのため、ナルトレキソンは治療域での悪心、嘔吐の副作用が大きい。それに対しナルメフェンは胃腸の副作用が少ないとされているが、日本人の治験時には主な副作用として悪心(31.0%)嘔吐(8.8%)と主要な副作用として挙げられている。

 

なお、本邦で承認時に発表されたナルメフェン(セリンクロ)の主な副作用は、悪心(31.0%)、浮動性めまい(16.0)、傾眠(12.7%)、頭痛(9%)、嘔吐(8.8%)、不眠症(6.9%)、倦怠感(6.7%)であった。

 

薬物的にはさまざまな点でナルメフェンがナルトレキソンより優れている。例えば、ナルメフェンの方が胃腸の副作用が少なく、半減期が長く(12時間くらい)、用量依存性の肝毒性が少ない。

 

ナルメフェンがアルコール消費量を減らすことは、フィンランド国立健康福祉研究所のDavid Sinclairの研究チームにより発見された。ナルメフェンがアルコール依存症の摂取アルコールを減らすメカニズムは、オピオイド受容体拮抗作用から来る。

 

ヒトはアルコール摂取後、μ受容体を活性化しβエンドルフィンなどを介してハイな気分、多幸感をもたらす。一方、κ受容体への部分アゴニスト作用によるダイノルフィンを介して、飲酒後のバッドな気分(不快な気分)を発現する。これは正常の人(アルコール依存症ではない人)の反応である。正常の人では、これらのハイな気分、バッドな気分の起伏が小さい。

 

アルコール依存症の人たちは慢性的な飲酒により、μ受容体、κ受容体への過剰なシグナルから、ハイな気分、バッドな気分の起伏が非常に大きくなっている。特にバッドな気分(やっちまった感やうつも含む)は再び飲酒する動機にもなっている。

 

ナルメフェンはこれら2つの受容体への遮断作用、部分アゴニスト作用を通じて、これらの起伏を小さくしている。つまりオピオイド受容体へのシグナル伝達を正常に近いように調整しているのである。

 

EU域では、ナルメフェンはアルコール依存症への飲酒量低減薬として、201310月にスコットランドで初めて承認された。その後、EU各国で承認されている。NICE(英国国立医療技術評価機構)はアルコール依存症への飲酒量低減薬としてナルメフェンを推奨している。

 

ところで、このような作用機序で果たして本当に飲酒量が実際に減るのか疑問に思う人もいると思う。(自分は疑問に思った)

 

結局だが、アルコール飲酒時の脳の反応を正常の人に近づけることを通じて、飲酒量を減らすということだと思う。特にハイな気分を弱め、飲酒後の不快で、ああやっちまったという後悔の気分を弱めることが長期的には有効なんだと思う。

 

ナルメフェン(セリンクロ)は治療12週において、月あたりの大量飲酒日を減らしている。期待値的には10㎎、20㎎いずれもマイナス12日。24週時では、10㎎でマイナス14日(20㎎でマイナス13日くらい)。大量飲酒の基準だが、1日のアルコール消費量が男性60g、女性40㎎を超える1か月の日数である。これは大変な結果である。重要な点の1つは10㎎と20㎎投与の差異がほとんどないことである。(重要。海外では85㎎くらいまでの用量で治験されているが小さい用量と大差がなかった)

 

ナルメフェンのこの治療メカニズムをみると、ひょっとしたらあの疾患にも有効ではないかと思う人もいると思われる。当初、気分が高揚し、時間が経ち気分がバッドになる疾患である。(当初、ハイな気分、昂揚感が広がり、次第にやっちまった感やうつが生じる疾患)

 

ナルメフェンはおそらく、病的賭博や買い物依存症に治療可能性があるように見える。実際、ナルメフェンは、病的賭博や買い物依存症に対する臨床効果について研究中とのことらしい。