精神指定医資格89人取り消し 厚労省処分(2016/10/26) | kyupinの日記 気が向けば更新

精神指定医資格89人取り消し 厚労省処分(2016/10/26)

先日、厚労省から精神指定医資格89人取り消し処分についての発表があった。89人の内訳は2009年1月~15年7月に不正に申請した指定医49人と、指導に携わった医師40人。これとは別に申請中の5人に不正が見つかり、4人は申請を却下し、1人は自ら取り下げた。

 

今回、不正のあった医療施設や実名、年齢まで発表されており、患者さんの中には、これらに処分に関して、たまたま通院している病院だった等で不安をおぼえる人もいるかもしれないので、これについて記事にすることにした。近年は長文は避けるようにしているが、内容的に前後半に分けない方が良いと思ったので、今日の記事は長くなる。

 

基本的にこのブログでは、処分された医師を擁護するなどのスタンスはない。ひょっとしたら擁護していると誤解されかねないと思ったので、最初に書いておく。今回、この制度の歴史的経緯や、この資格がどのように運用されて来たかなどにも触れることもあり、若い精神科医や他科の医師にも参考になるのではないかと思う。

 

元々、このブログでは時事に関するものは、サッカーのワールドカップ予選など精神科と無関係なものしか記事にしない方針でやっている。その理由は最初は詳細が十分に分かっていないことも多く、飛びついてコメントした場合、時間が経って奇妙な記事になりかねないからである。事件が起こった当初は、全貌が見えておらず、真相は全く違うところにあったなんて良くある話である。そのようなことから、僕はツィッターはしない。

 

本来、精神保健指定医なる資格は、患者さんの人権の視点に立つ国家資格であり、現在、各科で行われている専門医制度とは異なる。したがって、精神保健指定医は、取得当初は経験年数も少なく経験症例数もかなり少ないのが普通である。その点で、その精神科医の治療の技量を証明するものではない。

 

実際、ケースレポートは、個々の症例の治療内容も記載するものの、いわゆる非任意入院(医療保護入院、措置入院)の際の法律の運用判断のあり方が重視されている。

 

過去ログに精神保健指定医が始まった黎明期の話を記載している。精神科医は書類に忙殺される(前半) から抜粋

 

僕が精神科医になった時、まだ精神保健指定医なる資格は存在せず、その後、必要ということになり、厚生省(現;厚生労働省)がその国家資格を履歴書とレポート提出により認めることになった。当時、精神科病院でいろいろな事件が起こっていたこともあり、精神障害者の人権を守る視点から制定された面が大きい。(一般に法律に関係が深い科は精神科と産婦人科である)。精神保健指定医の資格ができる以前に精神科医になり、しかもある程度の年数を経た人は国はその資格をタダでくれてやった。僕より数年上のドクターは何も努力もせず指定医を取得している。当時、長く精神科に勤めていた内科などの他科のドクターもちゃっかり指定医を貰っている。

 

まあ、高齢のドクターもいるわけで、今さら書きようがないレポートを提出せよと言っても無理な話ではあった。そういう経緯もあり、数年上の先輩がちょっと羨ましかった。医学部を卒業した時点で、そういうものから開放されたと思っていたからだ。ちょっと面白い話があり、当時規定の年数を経ていたような人でも大学院に行っていた人はタダでは指定医をもらえなかった。これは大学院はあくまで学生だからであろう。大学院でも海外に行っているならともかく、国内にいれば普通、臨床もしていることが多い。妙な話ではあった。だいたいタダでくれてやった人が大勢いるのに、ここで突如厳しくするのはナンダカナ~感は抱かざるを得なかった。

 

精神保健指定医は試験はないので取得しやすいように思うだろうが、そうでもない。現在の詳細は知らないが、レポートには「児童思春期」と「措置入院」の症例が含まれているからだ。措置なんて、県によってはろくに件数がないところもある。措置入院で処遇するかどうかは、ローカルな面が大きく、人口比の指標で県により措置数にかなり差がある。

 

例えば精神科救急に自殺未遂で救急車で運ばれたような患者さんがすべて措置入院になるかといえば、なった方が奇跡のような確率と思われる。だいたい彼らをすべて措置入院にしていたら、自殺未遂は夜間にも多いので、寝ていたのに駆けつける県庁の人が倒れてしまうであろう。措置鑑定をする精神科医も大変である。

 

結局、自殺未遂の人は入院の必要性がある場合、医療保護入院か任意入院、あるいは一般内科の普通の入院になることが多い。これが現実に即した対応なのである。これを見ても、「自傷他害」という所見は柔軟に解釈されていることがわかる。この柔軟さに地域差があるので、県によってかなり措置件数が異なるのであろう。

 

他害行為があれば必ず措置になるかといえば、そうとも言えない。家で暴れて、母親に怪我をさせたケースでは措置入院になることもあるが、医療保護入院か任意入院になることもある。家族は他人ではないからである。普通、措置入院になるのは由々しき事態である。これは偏見で言っているのではなく、家族の意見も無関係の強制的入院になるのはそうそうあるものではないという視点で言っている。(家族の退院希望が受け付けられないという意味)

実際、精神保健指定医の症例ほしさに、普通なら措置入院にするほどではないのにレポートのために措置入院の処遇をしたため、家族とトラブルになり訴訟にまで発展したこともあったらしい。

 

もう少し曖昧な他害行為、例えば、店先で空きビンを叩き割りまくったなどでは、措置入院になることもあれば、医療保護入院か任意入院になることもある。これはやはり他害の程度や被害者の有無にもよる。手続きの煩雑さを避けるのもあるのかもしれない。この辺りの感覚が県によりたぶん異なるのだろう。軽微な他害行為でも、本人の境遇や医療的な面で、むしろ措置入院にした方が良いケースもある。それは浮浪者同然の人で、医療費が支払えそうにない人たちである。生活保護にすれば良いのでは?と思うかもしれないが、普通、住所のない人は生活保護は受給できない。

 

民間病院も、今は公的病院もそうだが、家もなく、健康保険も国民保険もなく、現金も皆無の人を入院させても非常に困る。こういうケースでは他害行為があるのなら措置入院にするのが自然だ。公的に医療費が支払われるからである。厳密には、措置入院は須らく無料ではない。お金がある人には医療費を支払ってもらうことになっているらしい(僕はそのケースは1名しか経験がないが・・)

 

もう少し重大な犯罪、例えば殺人や放火などでは、かつては措置入院になっていたが、今は医療観察法の処遇になる。もちろん今でも最初、いったん措置入院になることもある。現在、医療保護入院と措置入院の書類は新規は当然として、定期的に更新書類を都道府県に提出することになっている。

 

以上、抜粋

 

精神保健指定医制度が始まる以前、自傷他害の可能性がある精神疾患者の措置入院の判定は厚生大臣に指定された精神衛生鑑定医が行っていた。ただし、鑑定医は措置入院の判定以外には係らず、現在より鑑定できる精神科医の実数はずっと少なかったと考えられる。

 

現在、医療保護入院と呼ばれる非任意入院は、「同意入院」と言われていた。誰の同意かというと、たぶん家族か市長だと思うが、運用上、主治医の意見が非常に重視されていたので、これはまずいのではないかと言う話になったのである。なぜなら、かなり若い経験の少ない医師でも自由に人権の制限に関わることが可能だったからである。

 

この精神保健指定医は、上の抜粋に書いた通り、うんざりするようなものであった。レポートだけに一朝一夕には取得できないからである。

 

今回の処分が厳しいものになった理由は、本来、厳格に法律に沿うような視点で制度を運用する当事者が法律違反をしていたものだからである。

 

余談だが、この制度の導入の際、精神病院協会は反対したらしい。ところが、当時の厚生省と精神病院協会との間で密約があり、「精神保健指定医」は法律的視点に立つものなので医師の技量には関係がないことから、導入後、「診療報酬に組み入れない」という話だったと言う。(当時、携わった先輩医師の話)。

 

ところが何年も経ち、この密約を反故にされ、診療報酬に組み入れられるようになった。ここが今回の事件の重大なポイントだと思われる。

 

その理由は、個々の病院は精神保健指定医数は診療報酬に影響を及ぼし、ひいては病院の収入に大きく関わるようになったのである。実際のところ精神科病院は、精神科の医師が精神保健指定医かどうかでかなり給与の差をつけている。

 

つまり精神科病院では、精神保健指定医でないと、法律的にも医療保護入院もさせられないため実務ができないだけでなく、一人前の精神科医にもみなされない。一方、無床の精神科クリニックの場合、多少は診療報酬に影響するが、入院させる場面がないのでやっていけないほどではない。それでも10年以上前より、精神保健指定医かどうかが影響するように診療報酬が改変されている。それは、精神科のトレーニングを受けていないクリニックが滅茶苦茶なことをやっていたことも理由の1つだと思う。

 

また、個々の精神科病院は都道府県にもよるが、「棲み分け」のような状況にあることも関係している。一般に、児童思春期症例は、大学病院でも比較的簡単に経験できる。しかしかなり児童思春期症例を経験したとしても、全ての児童思春期症例が医療保護入院になるわけではないし、症例の記載として相応しくないものも少なからずある。つまり、レポートにならない症例も多く存在する。これはそれでも時間が解決してくれるものである。

 

一方、措置の症例は大学では滅多に経験できない。かつては要件が厳しく、措置入院患者が癌などの手術のため、大学病院に転院した時期だけ診ただけでは症例に値しなかったからである。措置患者を受け入れる精神病院は都道府県により数病院に限られている地域と、比較的広く受けている地域がある。

 

措置入院は覚せい剤など薬物(及び暴力団関係者)など、ここは刑務所か?と思えるような精神科病院に集約されていることがある。ここでは措置入院の症例はすぐに集まると思うが、このような病院に勤めるハードルは特に女性医師には高い。

 

当初、精神指定医資格89人取り消し処分の中に女医さんが比較的多い印象があり、きっとお嬢様精神科医は到底、そのような病院には勤めたがらないので、そのような結果になったのかも?と一瞬思ったが、ここ5年間の処分なので、その視点では医学部在籍の女子学生は昔より多くなっており当然かもしれないと思うようになった。

 

ここは刑務所か?と思うような精神科病院を否定しているのではなく、そのような棲み分けも精神科では必要なのである。総合病院の精神科に勤めていた頃、原則、覚せい剤など薬物関係の入院の必要性のある患者は初診で断り、それらの病院に紹介していた。その理由は、入れ墨をしている入院患者が多数いるような療養環境では、一般のサラリーマンの人を入院させにくい上、長期入院の統合失調症の患者も恐怖感から病状が悪化するからである。(例えば入れ墨を恐れて入浴を嫌がるようになる)。

 

また、今回5年以内に精神保健指定医を取得した医師のみ処分されたが、これはおそらく、カルテの保存義務が5年になっていることと関係がある。厚労省は、レポートをデータベース化し、カルテとの照合まで実施しているのである。また、本人への事情聴取(申し開きの機会を与えた)も実施している。5年を超えて調査をした場合、照合しようにもカルテが存在しない精神保健指定医もいるはずで、彼らが免罪されるとしたら極めて不公平である。

 

上の記載の先輩医師からの話で、精神保健指定医は、厚生省と精神病院協会との間で診療報酬に反映させないという密約があり、その後厚生省がそれを反故にしたと記載しているが、後年、それは実は間違いではないかと思うようになった。

 

それは療養病棟が誕生した経緯である。療養病棟は出来高病棟に比べ1人当たりの療養スペースがかなり広くなければならない。本来、療養病棟には入院患者さんの人権を考慮し少しでも療養環境を改善しようと言う意図もあったと思われる。実際、大して広くない畳部屋に6人入院していることなどもザラにあったからである。

 

このような経緯で精神科病院はスペースが広い療養病棟を建設するようになった。療養病棟にはまずコストがかかったのである。黎明期の療養病棟は、いわゆる社会的入院(グループホームなどに入れそうな自立度が高い患者)で溢れていた。現在は社会環境の変化から介護の必要性がある高齢者が増えてきたので、当時からかなり変容したと言える。自立度の高い患者ばかりの病棟はスタッフの数の必要性も低く、看護者のレベルもさほど高くなくてもやっていける。したがって、今もそうだが看護基準的な制約が緩和されているのである。そのようなことから、マルメ(いくら薬を使っても定額)病棟であることもあり、収益率が高い病棟であった。

 

この療養病棟は広いスペースで療養環境も良いことが普通でありコストもかかっていることから、比較的高い診療報酬が設定された。そこで、比較的高い診療報酬の医療的根拠として、おそらくあまり関係がない精神保健指定医の常駐の規定が導入されたのであろう。これは、むしろ精神病院協会から厚生省への提案だったかもしれない。その点で厚生省が反故にしたとは言えない可能性がある。

 

注意点として、精神保健指定医を常駐させる規定があると、むやみに療養病棟を増やせない抑制効果がある。十分な数の精神保健指定医がいないからである。精神保健指定医をリンクさせることは、おそらく当時の厚生省にとっても都合の良い話だったと思われる。(注:ほんの数年前、療養病棟について精神保健指定医の要件が外されている。これはこれで重大なことで、今後、療養病棟の診療報酬の減額に手がつく懸念が増している。)

 

そのようなことから、精神保健指定医確保は大きく収益に関係し、彼らの報酬に大きく関わってくるようになったのである。実際、僕の病院では、一時、精神保健指定医が不足し、療養病棟を返上したことがあるが、その際、出来高病棟に移行する際に看護基準を高めなければならず、正看護師を確保することにも苦労した。また当然だが、病院の収益も減ったのである(指定医の給与の必要なくなる以上に、収入の減少及び正看護師の給与の増加が大きい)。

 

精神保健指定医は、今では急性期病棟などにも診療報酬に規定が入っており、まず安定して精神保健指定医が確保できないと、高い診療報酬を維持できないようになっている。資格の価値が高いのは当たり前である。

 

また、近年は精神科病院経営者の2世ないし3世の世代に入っており、一刻も早く、精神保健指定医になりたいというニーズも大きい。その理由は、直接、診療報酬や経営の安定に直結するからである。

 

うちの医局の場合、彼ら、つまり2世の世代は、県外など遠方の関連病院に行きたがらなかった。特に女医さんはそうである。その理由は、遠方に行ってしまうと、自分の父親の病院のお手伝いができないからである。

 

民間の精神科病院は基本的に世襲制であり、これは一般の中小企業と何も変わらない。その点で、自分の子供たちが早いうちから実家の病院に勤めることは、報酬を支払う点で、早くから相続が始まっていると言える。子供が精神科医になるとならないとでは大違いなのである。それでもなお、精神科病院は非常に広い敷地、建物があるので相続は難事業である。精神科病院は一部を切り売りできないうえ、株式会社ではないので一般の企業のように子会社や株式を売却して支払うことも難しい。

 

そのようなことから、経営者はできるだけ多くの子供に精神科医になってほしいと思うものだ。他科の医師は親の世代と同じ専攻しないこともよくあるが、精神病院を持つ精神科医のご子息は精神科を専攻する人がほとんどである。たまに計画的に1名だけ内科を専攻することもあるが、これは内科医が1名いるとそれはそれで便利だからであろう。その点でも世襲という言葉は合っている。

 

今回の厚労省の処分にあたり、色々なことを徒然なるままに記載してきたが、処分された当事者は、重大な不正があったとはいえ、インターネット上に名前がずっと残ってしまうのは気の毒だと思った。ここが昭和の時代と大きく異なる点である。

 

最近の裁判で、

 

逮捕歴のグーグル検索削除認めず=詐欺で有罪の経営者敗訴-東京地裁

 

というものがあった。ある経営者はインターネット検索で10年以上前の逮捕歴を表示されるのは人格権の侵害だとして、米グーグルに検索結果の削除を求めたが、敗訴したのである。

 

インターネットの時代になり、さまざまな事件や芸能人の不祥事まで、リンチ的な扱われ方をすることが多くなった。これは当事者にとって極めて精神衛生に悪いことである。実際、今回の調査で、死亡者2名というものも気になった。というのは、ここ5年以内なので指導の立場の人以外、高齢者はまずいないと思うからである。

 

昨年の聖マリアンナ医科大学病院での不正申請発覚の際も、処分者全員の名簿がうちの病院にまで送られてきたが、就労履歴を調査するためだったようである。聖マリアンナ医科大学病院まで、ちょっと考えられない距離であり、こんなところまで名前が伝えられるとは、彼らも大変だろうと思った。

 

社会がインターネットの時代に変わり、従来に比べ無形のペナルティが大きくなっていると思う。これは昭和の時代と決定的に異なることで、今回の当事者だけでなく、あらゆる人が精神を病む環境に変化している。

 

これはいわば、旧ソ連時代の東欧諸国のような密告社会のごとき窮屈さであり、この辺りの環境を少し変えていくことも必要な時代になりつつあると思ったのである。