リーマスとポテトチップス | kyupinの日記 気が向けば更新

リーマスとポテトチップス

このタイトルはなんだろうな?と思うかもしれないが、オカルトではなく、普通のエントリである。今回は一般の読者の方には少し難しいかもしれない。

リーマスを躁状態時に投与する場合、血中濃度は0.6~1.2mEq/L程度を目標とする。しかし、1.0mEq/Lくらいでも振戦がみられたりやや重い印象なのも事実である。しかも、リーマスには抗精神病薬のような即効性がない。

著しい躁状態の場合、もう少し高めの血中濃度を推奨する書籍や医師もいる。この高めの血中濃度とは、0.8~1.5mEq/L程度だが、僕はこのやり方はしない。と言うのは、何らかの体調の変化や飲水、食事の関係で、中毒域までアッと言う間だからである。

リーマスは1.5mEq/L程度で、忍容性の低い人では、かなりガタガタになっていることがある。今はジプレキサやエビリファイなど躁状態に効果的な抗精神病薬が発売されたこともあり、高めのリチウム血中濃度で治療する方針は現実的でなくなっている。リーマスは即効性がないので、リーマスで双極性障害の良好な治療状態を維持するといった選択の方が優れていると思う。

なお、リーマスの中毒域のラインは、2.0mEq/Lである。

以下、リーマスの添付文書から、禁忌と慎重投与の詳細を抜粋する。

禁忌(次の患者には投与しないこと)

1. てんかん等の脳波異常のある患者[脳波異常を増悪させることがある。]
2. 重篤な心疾患のある患者[心疾患を増悪し、重篤な心機能障害を引き起こすおそれがある。]
3. リチウムの体内貯留を起こしやすい状態にある患者[リチウムの毒性を増強するおそれがある。]

(1) 腎障害のある患者
(2) 衰弱又は脱水状態にある患者
(3) 発熱、発汗又は下痢を伴う疾患のある患者
(4) 食塩制限患者

4. 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人[「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項参照]

慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)

1. 脳に器質的障害のある患者[神経毒性があらわれるおそれがある。]
2. 心疾患の既往歴のある患者[心機能障害を引き起こすおそれがある。]
3. リチウムの体内貯留を起こすおそれのある患者[リチウム中毒を起こすおそれがある。]

(1) 腎障害の既往歴のある患者
(2) 食事及び水分摂取量不足の患者
(3) 高齢者[「高齢者への投与」の項参照]

4. 肝障害のある患者[肝障害を増悪させるおそれがある。]
5. 甲状腺機能亢進又は低下症の患者[甲状腺機能低下を起こすおそれがあるため、甲状腺機能亢進症の診断を誤らせる可能性がある。また、甲状腺機能低下症を増悪させるおそれがある。]
6. リチウムに異常な感受性を示す患者[血清リチウム濃度が1.5mEq/L以下でも中毒症状があらわれることがある。]

この内容は、一般の読者の方にはやや漠然としていると思う。基本的に、リーマスは明確な器質性疾患とてんかん、腎障害の人には禁忌である。また上の内容をみるとわかるが、脱水を起こしやすい状況下では急速に血中濃度が上昇しやすい。

従って真夏の暑い時期は、水分不足になった際に、容易にリチウム中毒が生じうる。

問題は冬である。ベア・グリルスがナショジオで言っていたが、スキー場や積雪の多い山などで遭難すると、容易に脱水になると言う。その理由だが、低温で乾燥していることもあるが、簡単に水が補給できないことによる。また、雪山で遭難時に雪を食べることは禁忌だと言う。これは、熱中症の救急での処置を見ているとわかるが、体の中に非常に冷たいものを直接入れると低体温状態を来すため。だから雪は体温で溶かし温めてから飲まなければならない。

真冬はろくに飲水をしないので、市中でも簡単に水分が不足した状況が生じる。かくして、真冬に何もしていないのにリチウム中毒が生じることがあるのである。

特に、どこでも簡単にトイレに行けない女性は要注意である。その理由は、自然と飲水を控えるようになるため。従って、リチウム中毒に関しては、真夏だけでなく真冬も十分にリスキーである。

リチウム中毒の初期症状は、嘔気、嘔吐、粗大振戦、筋攣縮、運動障害、脱力、発汗である。更に中毒が進行すると、頭痛、耳鳴り、眼振、意識障害、痙攣発作、血圧低下、心電図異常、昏睡などである。

リーマスは併用薬や食事にも注意を要する。添付文書では併用注意として、以下の長い記載がある。

併用注意(併用に注意すること)


○利尿剤[チアジド系利尿剤、ループ利尿剤等〕
臨床症状・措置方法リチウム中毒を起こすとの報告がある。「副作用 重大な副作用 1 リチウム中毒」の項参照。
機序・危険因子利尿剤がナトリウム排泄を促進することにより、腎におけるリチウムの再吸収が代償的に促進される可能性があるため、血清リチウム濃度が上昇すると考えられる。

○カルバマゼピン
臨床症状・措置方法錯乱、粗大振戦、失見当識等を起こすとの報告がある。
機序・危険因子機序不明

○向精神薬〔ハロペリドール等〕
臨床症状・措置方法心電図変化、重症の錐体外路症状、持続性のジスキネジア、突発性のSyndrome malin、非可逆性の脳障害を起こすとの報告がある。
機序・危険因子機序不明

○アンジオテンシン変換酵素阻害剤〔エナラプリルマレイン酸塩等〕
臨床症状・措置方法リチウム中毒を起こすとの報告がある。
「副作用 重大な副作用 1 リチウム中毒」の項参照

機序・危険因子アンジオテンシン変換酵素阻害剤(エナラプリルマレイン酸塩等)がアルドステロン分泌を抑制し、ナトリウム排泄を促進することにより、腎におけるリチウムの再吸収が代償的に促進される可能性があるため、血清リチウム濃度が上昇すると考えられる。

○アンジオテンシンII受容体拮抗剤〔ロサルタンカリウム等〕
臨床症状・措置方法リチウム中毒を起こすとの報告がある。
「副作用 重大な副作用 1 リチウム中毒」の項参照
機序・危険因子アンジオテンシンII受容体拮抗剤(ロサルタンカリウム等)がアルドステロン分泌を抑制し、ナトリウム排泄を促進することにより、腎におけるリチウムの再吸収が代償的に促進される可能性があるため、血清リチウム濃度が上昇すると考えられる。

○非ステロイド性消炎鎮痛剤〔ロキソプロフェンナトリウム水和物等〕
臨床症状・措置方法リチウム中毒を起こすとの報告がある。
「副作用 重大な副作用 1 リチウム中毒」の項参照
機序・危険因子非ステロイド性消炎鎮痛剤がプロスタグランジンの合成を抑制することにより、腎の水分及び電解質の代謝に影響する可能性があるため、血清リチウム濃度が上昇すると考えられる。

○選択的セロトニン再取り込み阻害剤〔フルボキサミンマレイン酸塩等〕
臨床症状・措置方法セロトニン症候群(錯乱、軽躁病、激越、反射亢進、ミオクローヌス、協調異常、振戦、下痢、発汗、悪寒、発熱)を起こすとの報告がある。
機序・危険因子セロトニン作用が増強するおそれがある。

○セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤〔ミルナシプラン塩酸塩等〕
臨床症状・措置方法セロトニン症候群(錯乱、軽躁病、激越、反射亢進、ミオクローヌス、協調異常、振戦、下痢、発汗、悪寒、発熱)を起こすとの報告がある。
機序・危険因子セロトニン作用が増強するおそれがある。

○ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ剤〔ミルタザピン〕
臨床症状・措置方法セロトニン症候群(錯乱、軽躁病、激越、反射亢進、ミオクローヌス、協調異常、振戦、下痢、発汗、悪寒、発熱)を起こすとの報告がある。
機序・危険因子セロトニン作用が増強するおそれがある。

○メトロニダゾール
臨床症状・措置方法リチウム中毒を起こすとの報告がある。
「副作用 重大な副作用 1 リチウム中毒」の項参照
機序・危険因子機序不明

○電気けいれん療法
臨床症状・措置方法通電直後に数秒程度の心停止や施行後にけいれん遷延、せん妄等を起こすとの報告がある。
機序・危険因子機序不明

麻酔用筋弛緩剤〔スキサメトニウム塩化物水和物等〕
臨床症状・措置方法麻酔用筋弛緩剤(スキサメトニウム塩化物水和物等)の筋弛緩作用が増強されることがある。
機序・危険因子機序不明

上記は併用禁忌とまではされておらず、現実的には特に抗精神病薬はしばしば併用されている。上記のうち、リチウム中毒に関係があるものは、

○利尿剤[チアジド系利尿剤、ループ利尿剤等〕
○アンジオテンシン変換酵素阻害剤〔エナラプリルマレイン酸塩等〕
○アンジオテンシンII受容体拮抗剤〔ロサルタンカリウム等〕
○非ステロイド性消炎鎮痛剤〔ロキソプロフェンナトリウム水和物等〕
○メトロニダゾール

が挙げられる。添付文書に記載された機序はかなりシンプルに書かれているので、読んでもわかりにくいのではないかと思う。ここで個々の薬物について、添付文書よりはまだわかるように、できるだけ簡略に解説する。

○チアジド系利尿薬またはループ利尿薬とリーマスの併用
チアジド系(サイアザイド系)利尿薬には、フルイトラン、ダイクロトライド、ベハイドなどの古いタイプの降圧剤は、今は処方頻度がかなり低くなっていると思われる。

リチウムは腎臓で薬の排泄を担っている糸球体で濾過され、尿管腔に至る。更に近位尿細管において、リチウムと同様の1価の陽イオン、ナトリウムと同じように尿管腔から血液側に再吸収される。(リチウムの場合、濾過されたもののうち70~80%は再吸収される)

ところが遠位尿細管では、ナトリウムと異なり、わずかしか再吸収されない。サイアザイド系降圧剤を長期に投与されると、薬理効果として遠位尿細管におけるナトリウムの排泄の増加による代償が生じ、近位尿細管でのナトリウムの尿管腔から血液側への再吸収が促進される。

近位尿細管でのナトリウムとリチウムの区別はされないため、リチウムの再吸収も増加し、その結果、リチウムの蓄積が生じる。

それに対し、ループ利尿薬(ラシックスやルプラックなど)は機序が少し異なる。ループ利尿薬はサイアザイド系利尿薬に比べ、遥かに利尿作用が強力である。その結果、体の水分がナトリウム、カリウムとともに喪失し、相対的に脱水及び血液量の減少が起こる。そして、腎クリアランスの低下が生じ、電解質バランスの変化も相乗効果になり、リチウム濃度が上昇する。

○アンジオテンシン変換酵素阻害剤とリーマス(アンジオテンシンII受容体拮抗剤の併用も文脈に含む)
アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、ACE阻害薬と言われる。ACEはangiotensin-converting enzymeの略。カプトリルやレニベースが挙げられる。ACEは、アンジオテンシンⅠをアンジオテンシンⅡに変える酵素で、アンジオテンシンⅡは、アンジオテンシンⅡ受容体(A-Ⅱ受容体)に作用し、そのうちAT1受容体への作用により血圧上昇作用を示す。(血管収縮・体内貯留・心拍数増加)

アンジオテンシンⅡは、血圧を上げる作用を持つため、ACEを抑えることにより血圧を下げる。また、同時にACEを阻害するとブラジキニンという物質が分解されなくなり、これも血圧を下げる作用を持つ。

アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、ヒトの飲水行動を減少させる言われている。また、リーマス、アンジオテンシン変換酵素阻害剤ともにナトリウムを尿中に排泄させる働きを持ち、その結果、相対的に水分枯渇状態を引き起こす。

アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、アンジオテンシンⅡの合成を阻害するため、遠位尿細管のアルドステロン作用部位で抗アルドステロン作用を示し、その結果、ナトリウム再吸収を抑制し、利尿効果を発揮する(ナトリウムが水分を連れて出ていく)。この作用の補償反応が生じ、糸球体濾過速度を維持するために糸球体から出ていく腎動脈血管の収縮を引き起こすが、これはアンジオテンシン変換酵素阻害剤により遮断され、結果としてリチウムの排泄が低下し、血中濃度が上昇する。

○非ステロイド性消炎鎮痛剤とリーマスの併用
非ステロイド性消炎鎮痛剤は、プロスタグランジン合成阻害作用を持ち、抗炎症作用とともにプロスタグランジン系を介して血管拡張作用を有する。非ステロイド性消炎鎮痛剤は腎臓において、プロスタグランジンの合成を阻害し、腎血流の低下や血管の透過性を変化させ、腎臓の水分および電界質の代謝に影響を及ぼすといわれる。これらの薬理作用は結果的にリチウムのクリアランスの低下を招き、血中のリチウム濃度を上昇させる。

これらの薬剤は併用禁忌とはされていないが、条件が悪い環境だと、併用によりリチウム中毒を来しうることは十分に注意したい。

なお、これらの薬物を併用で服薬していなくても、状況的にリチウム中毒を起こしやすいことがある。例えば減塩食を行っている人たちである。ヒトは再吸収の際に一価の陽イオン、ナトリウムとリチウムを区別できない(上記、チアジド系利尿薬の併用の説明を参照)。減塩食などでナトリウム枯渇状態が起こると、ナトリウムに紛れてリチウムの再吸収の促進が生じる。その結果、リチウム中毒を来すことがあるのである。

逆に、ポテトチップスやフライドポテトなどのように塩分の多いものは、リチウムの排泄(厳密には再吸収の抑制)が生じて、期待しているほど血中濃度が上がらない。(再発のリスクが上昇)

リーマスは、併用薬でも容易に血中濃度が変化するだけでなく、食事(療法)やスナック菓子のようなものでも影響を受けやすいのである。

リチウム中毒と思われる初期症状がみられたら、処方されている病院に行き、血中濃度を測定してもらうと良い。今では外注でも至急で依頼すると3時間以内には判明する。

(おわり)

参考
ピアニストを撃つな
代謝されず尿からそのまま排泄される薬は何度でも循環できる