8年ぶりに再診した人の治療(後半) | kyupinの日記 気が向けば更新

8年ぶりに再診した人の治療(後半)

今回は、8年ぶりに再診した人の治療(前半) の続き。

その男性患者さんは、8年前とは全く異なる症状で再診していた。(この人が新患にならないのは、治療者からは納得できない話)。彼によると、

ある日、朝起きるとふらふらする。また、仕事での体の動きが鈍く、いつもスローモーな感じ。喋るのも遅くなっている。最近、アルコールが増えており、飲酒した際に、妙な時に泣き出したりする。死にたいと思ったこともある。

このような主訴で内科に受診したら「メニエールじゃないでしょうか?」と言われた。しばらく薬を飲んだが、全然良くならないので、精神科にかかったという話なのである。

このような症状であれば、最初、内科に受診したのは理解できる。内科でも神経内科に行くのが良い。内科でないなら、脳神経外科に行くべきである。

このような状態でうちの病院で久しぶりに受診した時、入院するほどではないが、急いで治療すべきと感じた。

そこで、本人に毎日飲んでいたという酒を禁じ、抗うつ剤を投与することにした。僕が初診時に、いきなりサインバルタを処方することは稀だが、うつ病圏の人は病状が明らかに深刻なのに、何も対処しない精神科医の方がむしろ罪が重いと思う。

彼の場合、アルコールがかなりうつ状態に関与しているように思われる。お酒が止められないような人は入院した方が良い。そのくらいの病態である。その日、彼は仕事は続けているし、急に入院できないという話だったので、外来で治療することにした。

最初からサインバルタ20mg、メイラックス1mgを処方する。

この「最初からサインバルタ20mg」というのも僕の処方としては珍しい。処方するとしても10mgが多いからである。

この20mgというサイズを選んだのは、8年前に初診していることが大きい。その当時はうつ状態ではなかったので、抗うつ剤は投与していなかったものの、他の向精神薬の投与経験から忍容性が掴めており、20mgでもほぼ大丈夫と判断したのである。

2週間後に来るように伝えたが、10日目くらいに再診。本人によると、

サインバルタは眠くてたまらなかったが、何とか飲んだ。夜は眠れているという。

眠いと言う話で、しかもなんとか服用を続けているというので、「とりあえずメイラックスだけで様子をみては?」と伝えた。

その1週間後くらいにまた再診。本人によると、

サインバルタは止めてみたが、どうも服薬したほうが調子が良いという。熟睡すると、日中の眠さはかなりやわらぐ。

そこで、サインバルタを再開。サインバルタ20mgとメイラックス1mgで様子を診る。彼は自営業で人を遣っているらしく、常に納期というか期限があるので、少々体調が悪くても無理が効くような人であった。しかし真に悪化すると、もちろん精神力ではどうにもならない。

なんとなく、このような処方で全快に近くなった。それも約1ヶ月ほどである。元々、一次的な体調の悪化で、しかもこの経過からもアルコールは十分に関係しているようである。

結局、2ヶ月以内にサインバルタはリボトリールに変更し、

リボトリール 0.5mg
メイラックス 1mg


という処方に落ち着いた。サインバルタを中止した理由の1つは、口渇が酷かったためである。実質、サインバルタは正味40日も使っていない。最初から20mgも処方していたとは言え、凄い切れ味である。

2ヶ月ちょっとで今の半量を服薬するように提案し、このような処方になった。

リボトリール 0.125mg
メイラックス 0.5mg


これで2~3ヶ月服用したが、精神面は全く問題がないらしい。実質、もう止めても良いくらいなので、8年前のように突然来なくなるのではないかと思っていた。8年前はやはりメイラックスだけ飲んでいたときに来なくなっている。

彼によると、今の薬を飲んでいると日中のストレスが弱まり、お酒を飲まなくて良いか、飲んでも少量で済むんだそうだ。だったら、深酒するよりは今の薬を続けた方が良いとは言える。

元々、ベンゾジアゼピンはアルコールに比べ安全性や肝臓への悪影響は遥かに少ないうえ、脳に対する悪影響も少ない。少なくとも、精神科医はそのように考える。

毎夜、寝酒をするくらいなら、ベンゾジアゼピン系の眠剤を服薬する方が良い。

と言う助言もこの感覚から来る。アルコール性の肝硬変はありうるが、ベンゾジアゼピンはないという身体面の悪影響の差もある。

今回の処方では、リボトリールが入っているのがミソである。最近、医局にある誰かが買ったと思われる精神科臨床向けのハンドブックを見ていたら、面白い内容が記載されていた。この本は名前は忘れたが、洋書の翻訳本である。それも結構前に発行されている。

その内容とは、「気分安定のために効能外で使用される抗てんかん薬」。ここには5剤が挙げられている。

①ガバペン(ガバペンチン)

100mg1日3回、300~800mg、1日3回(毎日3600mg)
副作用、眠気、ふらつき、運動失調、疲労感。

ガバペンは日本では、てんかんにのみ適応があり、新規抗てんかん薬のため、単独投与できない。200mg、400mg錠及びシロップの剤型もある。成人では日本では上限2400mgまで。上記は海外の上限。ガバペンはそれほど服薬しにくい抗てんかん薬ではなく、GABAの類似体ではあるが、GABAA受容体、GABAB受容体やベンゾジアゼピン受容体に結合しないと言われる。このブログでは、疼痛性障害やレストレスレッグ症候群の記事で紹介している。

②ラミクタール
(内容は過去ログに詳しいので省略)

③oxcarbazepin(Trileptal)
テグレトールに類似した新規抗てんかん薬だが、本邦未発売。テグレトールに比べ、副作用が少ないようであるが、もちろんスティーブンス・ジョンソン症候群のリスクはある。テグレトールの類似薬であれば、もちろん気分安定化薬の要素や、疼痛への効果はあると思われる。

④トピナ
(内容は過去ログに詳しいので省略)

⑤リボトリール(ランドセン)
初期用量として、1日0.5~1mgを1~3回に分割投与。症状により徐々に増量可能。維持量は2~6mg。副作用:鎮静。

これも時々過去ログに出てくる抗てんかん薬。気分安定化薬とみなして良いかどうかについての記事があるので、ラミクタール、トピナなどのエントリを参照してほしい。

(おわり)