器質性荒廃 | kyupinの日記 気が向けば更新

器質性荒廃

まだ20歳代くらいと若いのに、ADLが極めて低下した患者さんを診ることがある。

たいてい、統合失調症の診断が付けられており既に障害年金を受給している。

この人は生来、知的発達障害でもあったのではないかと思うほどだが、病歴を聴取すると、それどころか中学生の頃に生徒会長をしていたとか、オール5だったなどの話を聞く。女性であればピアノのコンクールに出ていたなどの話も聞けるほどである。

何がどうなってこうなったかが不思議だが、このタイプの病態を仔細に診ていると、若い統合失調症の人にはそぐわない精神症状が伴っていることに気付く。例えば、病棟内で他の患者さんの衣類に自分の名前をマジックで書きまくるとか、保護室に入れているとトイレの汚い水で顔を洗ったり、飲んだりするなどの症状である。

これは30年以上患っている統合失調症の患者さんでは稀に診られることがあるが、若い人でここまで破綻した行動が診られることは滅多にない。生来性の知的発達障害ではないのである。このタイプの患者さんは統合失調症ではなく、ある種の器質性疾患であろう。統合失調症ではないなら疾患は限られる。(普通、統合失調症ではこのスピードでは荒廃しない。統合失調症ではゆっくり慢性に推移)

このような病態になりうる疾患は様々だが、出生時の低体重(未熟児)、幼少時の頭部外傷、脳炎、生来性あるいは後天性のホルモン異常、広汎性発達障害、幼少時からの長期の虐待など多岐に渡る。

診断するにあたり、その時の精神症状だけでなく詳細な生活歴の聴取は非常に参考になる。

広汎性発達障害系ではマイルストーンなどと呼ばれる象徴的な事件、所見がみられたりするが、実は、広汎性発達障害は器質性疾患の1つに過ぎないのである。(全て広汎性発達障害と思うのが間違い)

ある20歳台の女性患者さんは初診時、あまりにも崩れていると思った。知能検査をすれば恐ろしく低い結果になるのは間違いなかった。それどころか知能検査は施行できないかもしれない。しかし、高校生までは成績が良かったらしいのである。

母親に色々聴いていると、決定的と思われる事件があった。それは幼児の頃、車にはねられてボンネットが恐ろしく凹んだと言うのである。しかもその凹みはちょうど頭がぴったり嵌るほどであった。しかも、その子は直後に意識を失うこともなかったらしい。(しかし、数日間、少し様子が変だったという)

これは過去ログの頭部外傷後に著しく精神症状が悪化した中年の男性の話に似ている。

その女性患者さんは家族歴が全くなかった。統合失調症、広汎性発達障害、いずれもである。なぜ「統合失調症」類似の症状を呈し、このように短い年数で荒廃したのかが不明だが、脳のダメージの大きさや部位、思春期以後のライフイベントのストレス、発症以後の治療のあり方も関係していると思う。

このように統合失調症ではなく、器質性をベースとした荒廃状態を「器質性荒廃」と呼びたい。(個人的ネーミング)

さて、このような人たちの治療であるが、既にリスパダールやジプレキサが投与されていることが多い。このような人はたいていの場合、3~4年以内に一気に崩れ、そのまま固定した状態になる。あるいは結構悪いまま、保護室を出たり入ったりくらいの病状が続く。

正直、このような患者さんを治療するのは大変である。その理由だが、このタイプの患者さんは、そこまで抗精神病薬が有効でないし、病状のうねりも大きく、しばしば暴力的で看護が難しいからである。(器質的色彩の1つ)。

基本的に抗てんかん薬(特にデパケンR、テグレトール)をベースに抗精神病薬を併用する。普通、抗精神病薬は使わないよりは使った方がまだまとまる。

このくらい重い人は、抗精神病薬はリスパダールコンスタが有望である。リスパダールは副作用の関係で好ましくないが、リスパダールコンスタはバランスが良い。同じように見えてもインヴェガはお勧めできない。インヴェガは賦活が強く、このタイプの病態では著しく悪化させかねないからである。

なぜ、リスパダールは良くないのにリスパダールコンスタなら良いのかずっと考えていた。最近、やっとその理由がわかってきた。このタイプの器質性疾患の人は脳にダメージがあるので、抗精神病薬が有効だったとしても、その血中濃度の日内変動に耐えられないのである。だから、血中濃度が一定に保たれるコンスタは他の抗精神病薬よりストレスが少なく治療的なのであろう。インヴェガは血中濃度は一定に保たれるが、興奮しやすく物を壊すとか暴力を振るうタイプの患者さんには賦活しすぎてバランスが悪い。

このような患者さんへの抗精神病薬は、それでもなお種々の自律神経系の副作用が出やすいし、錐体外路症状も出現しやすいので、長期になるとジストニアやジスキネジアが出現することも懸念される。

しかし、薬を使わないで保護室に入れておくだけでは更に崩れていくだけである。医師である以上、何らかの手は打たないといけない。また、看護の仕方も極めて重要である。

リスパダールコンスタは、現場から、12.5mgアンプルと75mgアンプルの希望が出ていると言う。つまり、リスパダールコンスタの50mgアンプルは非常に高価だが、それでも足りない人がいるのである。

リスパダールコンスタを使って、なお病状がまとまらない場合、併用する薬は経験的にはホーリットが良い。ホーリットは器質性に良いのかもしれないとよく思う。またクレミンが良い人もいる。クロフェクトンは不適切だが、より鎮静的なクレミンは良いことがある。リスパダールコンスタに更にリスパダールを併用するのは、なぜコンスタを選択したのか意図がぼけるし、副作用もより増加するのでお薦めできない。

抗てんかん薬と抗精神病薬をうまく組み合わせ、必要ならカタプレスやエゾウコギなども併用する。時間が経つと、元々薬に弱いため、意外に少量で落ち着く人もいる。

カナーは自閉症を幼児の統合失調症と考えていたため、ECTを治療に使っていた。しかし後に反省したと言う。だいたい、カナーは子供を治療していたわけで、発達途上の脳にECTをかけて良いわけがない。(一般に自閉症にECTは不向き)。

このタイプの病状でECTが認容されるケースは、ローナ・ウイングが言うカタトニアの病態であろう。カタトニアはECTが非常に有効とされている。もしカタトニアにECTを使わなかったら、非常に長期間の治療を必要とし、その「時間のかかること」が予後をより悪いものにしかねない。また、大量処方から脱出できないケースでもECTは良い方法と思われる。

このような病態を診たら、一本調子の治療ではなく、種々の試みも必要であろう。リスパダールコンスタは有望であると書いているが絶対ではない。もちろんホーリットもそうである。

処方した後、しばらくの期間、注意して診ていると、合っているかどうかがなんとなくわかる。病状が長期間悪い人でも変化は生じるのである。

このようなタイプの人は時々措置症状が出て、実際に措置入院になったりする。しかし、その措置症状は、統合失調症と診断されていても全然、統合失調症っぽくない。

この程度の重い病状の人は、誤診であったとしても社会的には統合失調症と診断され、障害年金を受給するのは容認される(そもそも誤診と言う証拠がない)。日常生活にかなりの援助を必要とするし、実際に非常に重いことで十分である。社会的には統合失調症であるか統合失調症状態であるかはたいした問題ではない。

しかし、最近、障害年金の書式が広汎性発達障害の診断でも記載しやすいように改訂されている。広汎性発達障害の所見があり、また統合失調症に類似する症状があった場合は、「広汎性発達障害」の診断でも受給は可能である。

年金の申請の際に、統合失調症であるか広汎性発達障害であるかはたいした問題ではないと思うかもしれない。しかし、保険料納付要件を満たしてないケースでは「広汎性発達障害」の診断にしないと「統合失調症」では受給できない。(広汎性発達障害は生来性疾患なので未成年発症とみなされ受給可能)

ただし、このレベルの人を広汎性発達障害と診断した場合、審査する医師から「なぜ統合失調症でないんだろう」と思われるため、詳細な記載が必要になる。

保険料納付要件を満たしているなら、誤診でも統合失調症と診断した方が障害年金申請では無難である。それは(器質性?)幻聴や妄想など、誰にでもわかりやすい所見が揃っているからである。また、転院した際に他の医師が更新の診断書を書きやすいことも考慮したい。

参考
精神疾患と暴力、触法性
「頭部外傷から統合失調症になるのか?」リターンズ