マルク・シャガールと10時10分 | kyupinの日記 気が向けば更新

マルク・シャガールと10時10分


マルク・シャガールのスライドショー。音楽は前半2曲(Brightest、Coffee)はアメリカのロックバンド、コープランドによる。コープランドはロックの中でも、エモ、クリスチャン・ロック、アンビエントなどのジャンルに属する。2000年頃に結成され2010年に解散。

マルク・シャガールはロシア(現ベラルーシ)出身の20世紀を代表する画家。彼は1887年、ベラルーシのユダヤ人家庭で生まれ1985年に亡くなっている。あの時代に生きた人としては長命で作品も多い。その作風から「色彩の詩人」と呼ばれている。

彼の作品の中で、度々振り子時計が出てくる。しかもその振り子時計は、ほとんどの場合、午前10時10分を指している。

普通、子供に振り子時計を描かせると、自然に10時10分の絵を描きそうである。あるいは午後3時くらいか?

だから、あのシャガールの10時10分は、図柄のバランスが良いだけで、あまり意味がないのではないかと思っていた時期もある。シャガールが最初に振り子時計を描いたのは、1909年(1910年?)の「安息日(サバト)」という作品と思われる。上の映像では、4分28秒目に出てくる暗い印象の絵なので参照してほしい。

この安息日では良く見ると10時10分というより、10時5分くらいに見える。後に出てくる絵ではほとんどと言って良いほど10時10分である。たまに11時10分と言って良い絵や、長針も短針も描かれていない空白の文字盤の絵もある。

この安息日では、当時のベラルーシの彼の家庭の居間が描かれている。目立つのは、石油ランプや蝋燭、吊りランプ全てに明かりが灯されていること。この居間は綺麗に片付けられているし、安息日のお祭りの準備ができていた様子が描かれている。

上のスライドショーには出て来ないが、1914年の「時計」という画面いっぱいに描かれた振り子時計の作品がある。この振り子時計は、彼の両親が大切にしていたものだったようである。この「時計」の絵では、巨大に描かれた振り子時計の向かって左下の隅に小さく、窓に向かって頬杖をつく男性の絵が添えられている。これは「憂鬱(メランコリー)」を象徴する図像であるという。また1949年の「青い翼の振り子時計」の作品も強烈である。この作品でもちょうど10時10分を示している。

どうも西洋的には、時計そのものに「うつろいゆくもの」や「存在の危うさ」を象徴するイメージがあるらしい(ヴァニタス)。東洋的には「無常」といったところか?


シャガールの絵では、しばらくの潜伏期を経てこれらの振り子時計や安息日で出てきた吊りランプが度々出てくるようになる。その時計の指し示す時間が、例え逆さまだったとしても、10時10分なのである。

上のスライドショーでは、8分11秒目に出てくる1943年の「軽業師」という作品では時計は逆さまなのに10時10分になっている(正確には10時8分くらいに見える)その他、スライドショーの9分21秒にも絵画の上のほうに10時10分を指し示す振り子時計が小さく描かれている。

シャガールの絵では、パズルの一片のようにある一定の「絵のマーク」の繰り返しが見られる。それは、時計、ランプ、梯子、雄鶏、魚、山羊などである。彼にとって、これはある種の象形文字であり、文字と絵画の中間的な意味を持つのかもしれない。

あの10時10分には意味があることが、何かの書物を読んでいたときに知った。あの10時10分はユダヤ教の主要教派の多くが聖典としているタルムードに由来するという。

午前9時は、アダムとイヴが神に禁断の実を取って食べることを禁じられた時刻である。そして午前10時は禁断の実を食べてしまった時刻(原罪)。午前11時は裁きを受けた時刻、更に12時は楽園を追放される時刻である。

つまり、10時10分は原罪を犯した直後の、まさに空中遊泳の時間なのである。罪を犯して裁きをまだ受けていない非常に不安定で不安感の強い時間ではあるが、今なら何でも許される時間でもある。

これは自分に擬えても、その時の落ち着かない気持ちが想像できる。1930年くらいから、あの振り子時計が多く描かれ始めたのは、その時代のヨーロッパの世相も関係していたのであろう。

参考
Ave Maria(Hayley Westenra)
クリスマスカード