脳梗塞後の抗てんかん薬 | kyupinの日記 気が向けば更新

脳梗塞後の抗てんかん薬

普通、脳梗塞や脳出血の急性期は精神科では治療しない。急性期が過ぎ、リハビリの時期でも、精神科に転院する人は稀である。

リエゾンではリハビリ中に精神症状が生じて他科から相談を受けることが稀ではない。比較的早期にはせん妄などが多いが、高齢の人も多いため、入院による環境の変化もかなり関係している。

時間が経つと、うつ状態、不機嫌、介護の抵抗、拒絶、拒食などのさまざまな精神症状が出現しうる。たいていの場合、リエゾンの際に精神科に転院させることなく、薬物療法を行えば改善する人たちがほとんどである。

脳梗塞後に痙攣発作の予防のため、デパケンRなどの抗てんかん薬が投与されていることがある。近年は、全く投与されていない処方もよく見る。これはどちらが正しいかと言うと「予防的に抗てんかん薬を投与しない」である。どのくらいの期間、予防的に投与したら良いかと言うエビデンスは存在しない。

普通、脳梗塞の程度にもよるが、仮に抗てんかん薬を予防的に投与したとしても、リハビリを終えて退院する頃には中止して良いようである。

従来、脳梗塞の後遺症による予防的抗てんかん薬はデパケンRが選択されることが多かった。しかし脳梗塞後に痙攣が起こったとしたら、「局在関連てんかん」と言うべきで、デパケンは少し外しているとは言える。

テグレトールの方が局在関連てんかんであればよりフィットしているが、テグレトールは中毒疹(時に重篤)の多さも含め、神経毒性が高い感覚があるのか避けられて、広いスペクトラムを持つデパケンRが選ばれていたのであろう。

脳梗塞後の予防的投与なら、まだ発作が起こっていないわけだし、フィットしなくても概ね効き安全性も高いデパケンRで十分といったところである。(こういう流れからも予防的投与など必要ないことがわかる)

実は、今日の話はここからである。

リエゾンで、脳梗塞後の精神症状の相談を受けた時、特に興奮、拒絶、看護者への暴力などは、

①抑肝散
②セロクエル(または他の抗精神病薬)
③デパケン(特にシロップ。または他の抗てんかん薬)


のいずれか、またはこれらの組み合わせで治療されることが多い。上の3つの軸以外では、一般の睡眠薬、ビタミン剤、グラマリール、鎮静的な抗うつ剤なども挙げられる。ビタミンB12は神経に対し温和に抑制するようである。(静注すると眠くなる)

セロクエルは定番であるが、脳梗塞を起こしたような人はしばしば糖尿病も合併しているため、使えないこともある。他科の医師はセレネースを注射したり、リスパダール液も使っているようであるが、この2つは糖尿病に禁忌ではないので、その点では優れるが、セロクエルに比べEPSは明らかに多い。この辺りは、ルーランやロナセンなども良い場合もある。

実は、このように脳梗塞後の精神症状に対し、抑えるためにリスパダール液を使うなら、むしろリスパダールODの方が良い。その理由は、脳梗塞後の特に高齢の人は水分を飲むと非常にむせることがあるから。頓服で服薬させる際に水を使わないで対処する方が良い。(誤嚥して肺炎を起こしては何にもならない)

抑肝散も最近は広く使われているが、これは経管栄養の人には好まれない。特に病棟看護師さんに。抑肝散はチューブを詰まらせるからである。こういう時はさっさと中止する。またかなり意識がはっきりしている老人では、入れ歯の裏に入って気持ち悪いので嫌う人もいる。このような時も中止する。

抑肝散は良い薬と思うが、ないならないで全く困らない薬だからである。

抗てんかん薬では、やはりデパケンシロップないしデパケンRが極めて優れている。これは器質性の興奮状態に抑制的に働く上に、さほど副作用も生じない。デパケンシロップでは普通は数mlで十分のことが多い。デパケンは糖尿病に使えることと、普通はEPSが出ないのが良い。しかしながら、老人にはやや重い薬なので用量には注意すべきである。

結局、脳梗塞後遺症の興奮には当初は2剤くらい使っていたとしても最終的には「デパケンシロップ数mlだけ」という処方に収束することが多い。他は、医療上何らかの欠点があるからである。

例えば、デパケンシロップを6ml処方していたとしよう。この量は300mgに相当し、症候性てんかんではない老人に使うにはまあまあの量と言える。この量を例えば2ml減量しただけで、精神症状が再燃したりするので(介護時の暴力や奇声、夜間にナースコールを押し続けるなど)、いかにデパケンシロップが効いていたかを実感する。またいかなる用量にするかも重要なことがわかる。

最終的に、デパケンシロップは必要でなくなる人が多い。

昔、脳梗塞後に予防的にデパケンRを投与していた時代は、痙攣発作を予防するのにはたいして意味がなかったが、脳梗塞後の多彩な精神症状を抑えることに貢献し、現在より看護者が介護に苦労せずに済んでいたのかもしれない。

かつてのデパケンは痙攣ではなく精神症状に効いていたのである。リエゾンをしていると、よくそんな風に思うのであった。

参考
リエゾンでのせん妄
精神科医と法律家