※これは1980年に先天性心疾患で生まれた女の子の母親が当時付けていた日記です。
時を経て、どこかの誰かの支えになると幸いです。
※しばらくの間『敗血症』に触れる記載が続きます。
敗血症についてマイナスな事情ありの方はブラウサバックして下さい。
※きゅうが危機的状況に陥る記載が続きます。
同様に生命の危機にマイナスな心情の方は無理に読まれませんようにお願いします。
1月6日
昨日とはうって変わってブッタリしている。
見は半分あき、白目をむき、ウトウトをして意識が全くない。
先生が昨夜の当直医であり、全く様子が変わっているのでビックリする。
すぐ入院の手続きをし、血液培養の為、血を抜き検査をするが、
この時すでに泣く元気もなくなっていて
自分が何をされているか意識もなかった。
前の病棟の先生が抱いて連れて行ってくれる。
この時熱は39.5℃
意識全くなし
レントゲンを撮るのに看護フさんが抱き上げても全く泣く意識なし。
この様子を見てあまりの変わった様子に
涙があとからあとから出てきて仕方がない。
至急点滴が始まり酸素テントの中に入る。
Y先生は今日まで休みとか。
しかし病院には来ているので後から診察に来られる。
T先生も後から見に来られる。
血液培養と検査を支給したが
今のところバイ菌が見つかれないとの事。
ただ貧血の状態にあるので、
これが栄養になるものか
バイ菌によって赤血球が破壊され貧血になったのか
原因が今ひとつはっきりしないので
原因を至急にし、熱の原因をハッキリさせる事だそうだ
入院したついでによくなるのをまって
カテーテルをし、手術にもっていきたいと先生は言っておられるが
私もできたらそのつもりだ。
夕方帰る頃には少し意識が出てきて
あーシャン、あーシャンと言い始め
ブーと言い出し少しだけミスを飲み始めるが
水分補給とまでは行かない。
昼、夕も全くご飯をよせつけず
哺乳ビンは見ただけで拒絶する。
かといって座る元気も体力もなく。
夜に主人(父)とN(きゅうの姉)が入院の用意をしてもって行く。
(母と入れ違うように、入院の荷物だけ病院に持って行ったと思われる)
この時少し泣いていたとか。
多少泣く元気が出てきたのだ!!