一時退院準備、一時退院へ(‘82,1④) | 昭和に生まれた心臓病の子の母の日記

昭和に生まれた心臓病の子の母の日記

44年前に先天性心疾患(肺動脈閉鎖を伴うファロー四徴症)を持って生まれた子(きゅう)を育てたきゅうの母が記した闘病育児日記を公開。
どこかの、誰かのためになるなれば幸いです。


※これは1980年に先天性心疾患で生まれた女の子の母親が当時付けていた日記です。
時を経て、どこかの誰かの支えになると幸いです。

 

1月13日 

看ゴ婦さんが土よう日に一応退院だと教えてくれる。

夜 先生が当直でナースステイションにいたので確かめる。

二週間長くて三週間手術まちだといわれる。

 

1月14日

手術して退院するなら嬉しいが…

二~三週間後入院して手術、又半年か一年後根治手術。何と長い事か!!

 

今後入院するときは上の5F(小児科)の病棟になるかも知れないといわれる。

ここ(乳幼児病棟)は1才迄だそうだ。but 5Fだと付き添いができない。可哀想。

 

1月15日 N(きゅうの姉)7才誕生日。

 

1月16日 

pm2:00 病院を出る。

3:00 Nのバレエが終る頃なので迎えに行く。

4:00 帰宅

6:00 外食 焼肉を食べに行く

久しぶりの我が家にきゅうも機嫌が良い。

     

 

 

退院後の私の機嫌がいい?

それはお姉ちゃんが一緒だからじゃないかな?

長く一人っ子だったお姉ちゃんは、妹が可愛かったらしい。

病院では付き添いのお母さんたち(昭和なので、付き添いはお母さんが殆ど)の緊張感も感じていたのではないでしょうか。

 

まだこの時の母は先天性心疾患児の母になって日が浅く知識がないのがよくわかる。

手術まで遠い。と憤っていたり、困惑したり。

今の母がこれを振り返ったら、鼻で笑いそう。