神様の正体 | ユリのふるさと創り

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アナスタシア シベリア杉シリーズを読んだことある人いますか?
一緒に、祖国(ふるさと)創りに向けて歩き出しませんか?
そのための1歩がこのブログです。

私は、日本って好きです。

 

 

和物とか和柄とか好きだし。

 

浴衣も好き。

 

着物はあんまり着たことないけど、着てる人を見るのも好きです。

 

忍者も好き。

 

侍とか刀とかも好き。

 

畳も好き。

 

あとは、詳しくないけど日本の民俗信仰(神道)も好き。

 

そういえば、この本今読んでいます。

 

 

やっぱり龍と暮らします。 やっぱり龍と暮らします。

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(作者のリブログし忘れた)

 

 

 

ここで、神様の正体が書いてありました。

 

それにとっても納得。

 

日本でいう神社の神様って、過去から蓄積されてきた”ありがとう”の気持ちのカタマリなんだそうです。

 

 

昔の人が、この土地が守られますようにって建てていった神社。

 

そこに近所の人とかがお参りに行きますよね。

 

神主さんなら毎日お祈りします。

 

「いつも見守ってくださってありがとうございます。」

 

「いつも守ってくださりありがとうございます。」

 

「○○な事がありました、ありがとうございます。」

 

「こんないいことがありました、ありがとうございます。」

 

「作物がたくさんできました、ありがとうございます。」

 

 

 

そうして、ありがとうを言う人がいて、その人が何回か神社に足を運んで何回もお参りして、それを何年も繰り返して。

 

そういう人がたくさんいて、さらにその時代の子供が大きくなって、またお参りするようになって。

 

その子供の子供がまたお参りしたり。

 

そうやって、何年も何十年も何百年も人の祈りのエネルギーが神社という一か所にたまっていったんです。

 

それが神様の正体。

 

 

 

 

アナスタシアも言っていました。

 

人がふと思った事、言葉にしたことも消えたりしないでずっと存在しているって。

 

 

 

 

時代を超え、世代を重ねた、人々のありがとうのエネルギー体が神様の正体って、なんだかステキですね。

 

 

 

しかも、外国でそうして出来た神様(海外ではエンジェルとかでしょうか?)の、エネルギーと、日本の神様とで合体できるそうです。

 

 

エネルギーが似た者同士なら、合体できそうですね。

 

 

日本では、神社の神様によって得意分野が違うから、勉強はこっち、スポーツはこっち、恋愛はこっち、商売はあっち、と分かれているのも、今までの人々の祈り方の違いから来ているのかもしれないですね。

 

 

「あそこでお祈りしたら、足の痛みが引いたのよ~」

 

なんて噂になれば、そこの神社には健康になれますように、とか、健康になれました、のエネルギーが集まりやすくなるでしょうから。

 

そしたら、そこの神社は健康にご利益がある神社という事になります。

 

そうやって、人々の願いの種類によって、神様ごとの得意分野が生まれたのかも。

 

なんて想像していましたニコニコ