昨日は、某大手ビジネスホテルに宿をとりました。古いホテルでしたが、

平日シングルで「9400円」には吃驚でした。最近、何でも値上がりして

いたのは、知ってましたが、普通のシングルで、この値段は辛いです。

 

今日は「梶屋敷駅前」からスタートです。この辺に「宿場」があった

ようですが、糸魚川宿から近く「間宿」だったのかも知れません。

宿場外れに「明治天皇駐輦碑」がありました。休憩されたようです。


「国道8号線」に合流し「早川」を渡り「中宿地区」に入ります。中宿

の地名の通り、この辺も「旅籠」があったと言う事なのでしょう。

早川です。写真は中宿側から撮っています。

 

中宿地区には「国道8号線」に並行して、海岸線に「久比岐自転車・歩行者道」

があります。交通量が多い、国道歩きではなく、この道を歩いて行きます。

景色の良い、誰も何も通らない道です。のんびり歩きました。

 

「浦本駅」付近で、国道に合流します。途中のお堂に石仏があり

願掛けの殆どが、津波や高波に関するものでした。漁村ならではです。

 

「歩道が殆どない」国道を歩いていると「久比岐自転車・歩行者道」

の案内があり、道なりに歩くとこの道に誘導されます。

「旧北陸本線の廃線跡」を利用した、自転車・歩行者専用の道です。

国道(歩道はない)         自転車・歩行者道    

 

「久比岐自転車・歩行者道」(以後廃線の道)をどんどん進みます。

廃線跡が「旧北国街道」か?、とは思いますが、歩道が殆どなく

交通量の多い国道を嫌い、国道に並行する、この道を歩きました。

 

「能生(のお)の街」が見えて来ました。この後も「廃線の道」

を歩き「能生川」を渡って「能生宿」へと、入って行きます。

 

能生は糸魚川宿に、次ぐ「大きな宿場町」でした。街全体に

何となく宿場の雰囲気が残っています。「本陣」は「能生郵便局」

付近にあった?ようですが、遺構もなく、正確な場所は不明です。

 

能生宿の外れに「白山神社」があり、立ち寄りました。糸魚川

周辺の、「産神様」である「奴奈川姫」を祭神とする神社で

境内には茅葺の拝殿や、本殿(重文)があり、立派な神社でした

ここで「主に国道を歩いて日本一周している」青年に会いました。彼は基本

「道の駅」で「野宿」だそうですが「時々断られて・・」とこぼしていました。

聞けば、30万円の経費だそうで、金欠した時点で終了するそうです。若い

 

白山神社から国道に出ると、すぐに「弁天岩」と言う景勝地が

あります。潮風に吹かれて暫く眺めてから、国道を歩いて行きました。

 

すぐに「小泊の漁港」があり、多くの漁船が停泊してましたが、狭い

山裾の土地に、家が階段上に建ち、漁村独特の風景を作っていました。

 

「道の駅」の先から「久比岐自転車・歩行者道(廃線の道)」が

ありますので、この道を進みます。前方に「トンネル」が見えます。

 

「廃線の道」を歩いて行くと「筒石駅跡」の石碑がありました。

「市振~上越」区間は、自然災害による「電車事故が多発」しており、

昭和40年代に、それまでの「海沿い」の路線から「山側をトンネル」

で抜ける「新線に路線変更」され、同時に幾つかの駅も、移転しています。

現在の筒石駅は、トンネルの中にある駅として「超有名」です。

ここからは、かなり離れており、訪問済みなので今回は失礼しました。

 

「廃線の道」を離れ「筒石集落」の旧道に入って行きます。漁村独特の

狭隘地に2階、3階建ての民家が集中しており、興味を引く景観でした。

 

筒石集落を抜けると、次の「名立の街」まで民家はありません。

国道と、廃線の道を行き来しながら、進み上越市へと入って行きます。

 

旧北陸本線にあった「長いトンネル」内を時々歩きます。思わず

「わー」と叫び、童心に帰って「こだま」が響くのを、楽しみました。

 

「廃線の道」から、名立川を渡って「名立宿」の旧道へと入って行きます。

かっての宿場町らしい雰囲気を残していますが、人影はありませんでした。

 

本陣は、街道筋を少し離れて「名立寺」が務めたようで、

参拝しました。小さいですが、格式のある寺に思いました。

この後、近くの「道の駅」に併設された「ホテル」に宿を

とりました。今日は、6時間程のゆっくりした行程でした。