2月1日。寒い日でしたが「播磨の国」(兵庫県)の東部に点在する、歴史上

の事件に絡む寺院や、国宝等の文化財を保有する寺社を巡ってみました。


最初に「播磨・安国寺」(加東市)に行きました。足利尊氏・直義兄弟が室町

初期に全国に建てた「安国寺」の一つで、1441年「播磨守護・赤松満祐」に

暗殺(嘉吉の乱)された、室町幕府・第6代将軍「足利義教」の墓がある寺です。

こじんまりした寺です。当初の立派な寺院は、秀吉の「三木合戦」

等、幾度の戦乱に巻き込まれて焼失し、今の建物は近年の再建です。

 

案内板に従い、寺の裏門を出ると「足利義教」の首塚(宝篋印塔)

があります。赤松満祐は、京都の自邸で「将軍を暗殺」した後

首を、播磨に持ち帰り「葬儀を営んだ後、埋葬」したとされます。

安国寺と池を隔てる「小さな森」の中に、祀られています。首塚とする

「宝篋印塔」は、室町期のもので「嘉吉の乱」後に建てらたようです。

 

続いて「朝光寺」に行きました。651年「法道仙人」創建と伝承する古刹

で、創建当初の権現山から、1189年現在地に「移転・再建」されています。

山門

川沿いの駐車場から、山中の短い参道を歩くと「山門」(江戸初期)

があります。両脇に控える仁王像は、相当損傷が進んでいました。

 

山門を潜ると「本堂」(国宝)です。室町期1413年~1428年にかけて

再建されており、同時期に「三十三間堂にある観音像の一体」

「二つある本尊」の内「西の本尊」(重文)として、移転したとされます。

本堂の正面に架かる鎌倉期の鰐口↑(1295年)ですが、今は複製です。

本堂

本堂は、外陣のみ自由に拝観可能ですが、内陣に祀られている

「二体のご本尊」は、60年に一度開扉される「秘仏」です。

 

鐘楼(重文)です。本堂と同時期(平安後期)に、権現山から降ろ

され、本堂より早く「鎌倉後期」には、再建されたようです。

 

真言宗のシンボル「多宝塔」は、江戸初期の姫路藩主「池田輝政」が建立

し、1710年に再建され、更に1984年には「本瓦葺き」に改修されています

 

朝光寺は「寺を護持する二つの塔頭寺院」と、少し離れた森の中にあり

ます。森と言っても道路沿いで、24時間出入りが自由です。境内には

古い石仏・石塔類も多数あり、セキュリティが少し心配に思いました。

 

次が「一乗寺」です。ここも650年「法道仙人」の創建と伝承する古刹で

当初は「笠松山」にありましたが、平安時代には現在地に移転しています。

入山が有料(500円)になっていました。「西国観音霊場」の札所として

参拝客が多い寺ですが、それでも維持するのは、大変なのでしょう。

 

石段を登ると左手に、天台宗僧侶としての修行が行われる

「常光堂」(阿弥陀堂)があります。奈良期の創建とされますが

「嘉吉の乱」等で焼失し、現在のお堂は明治(1868年)の再建です。

 

「常光堂」から、さらに石段を登ると「三重塔」(国宝)と、更にその上

に本堂(重文)があります。三重塔は平安末期(1171年)の建立で、一乗寺

が、ここに移転した頃に、建立されたのではないか?とされます。

本堂への石段上から見た三重塔です。美しい塔です。

 

更に石段(合計161段)を登った先に「大きな本堂」があります。

江戸初期(1628年)姫路藩主「本多忠政」寄進による再建です。


 

懸崖造の本堂は見晴らしが良いです。外陣は、西国観音の巡礼者用

に広く、内陣には7世紀後半の作とされる「秘仏」の本尊「聖観音」

(重文)、お前立の「聖観音」(重文、今は宝物館蔵)が、祀られています。

本堂の裏山?にある重文指定の「弁天堂」と「妙見堂」(共に室町期)

護法堂(鎌倉期)は、修復中で「覆いに囲われ」立入禁止でした。残念

 

最後に開祖「法道仙人」を祀る「奥の院・開山堂」に行きました。

開山堂へは、本堂から一旦坂道を下り、今度は石段を登ると到着です。

開山堂に祀られる「法道仙人」は、6~7世紀頃に天竺(インド)から

「紫の雲」に乗って、来日したとする伝説上の「仙人」で、この法道

仙人が開山したとする寺院は、兵庫県東部に多いです。

 

「一乗寺」はこれ以外にも、多くの国宝や重文を保持しています。境内は

綺麗に清掃され気持ちの良い寺で、寒い日でしたが、参拝客も多かったです。

 

近くに「宮座制」の元に伝承されてきた「祭礼芸能」の「神事舞」が行われる

「上鴨川住吉神社」があるので参拝しました。神事舞は、中世の「田楽、

猿楽・能楽」等を今に伝えており「重要無形民俗文化財」に指定されています。

「割り拝殿」です。ここで漆黒の闇の中、最初に神楽が舞われます。

 

室町期(1493年)再建の本殿(重文)です。茅葺の拝殿や舞殿と

朱塗りで、鮮やかな「本殿」の対比が、面白いです。

 

拝殿側から見た、正面「舞殿」です。左奥に見える「長床」では

祭りの『盃ごと』等が行われます。茅葺の割拝殿や舞殿は、建造物

として、古い建築様式を留め、昔の境内の景観を今に伝えています。

住吉神社は「鎮守の森」の一角に、静かに鎮座していました。

神事舞が行われる境内ですが、案外狭いものでした。

 

最後に「酒見寺」に参拝しました。隣の「住吉神社」と一体で「酒の神」

「酒見明神」を守護した寺で、良く整備された気持ちの良いお寺でした。

多宝塔(重文) 

 

酒見寺の後ろに「北条石仏(五百羅漢)」があります。江戸期に「酒見寺」

の境内整備に伴い、ここに集約されたようで、その際新たに製作された

石仏等も含め、いろんなお顔をされた約500体程の石仏が、並んでいます。