玄人の記号 | Alminum Boot Overdrive

Alminum Boot Overdrive

日々の雑談、おおいに休憩あり。

NbOnlineで、谷口五郎というアニメーターのインタビューが載っている。これはちょっと前から注目しているんだけど。ちょっとだけそれについて。

唐突ではあるけど今アニメっていうと、例えば大人でそういうことをバカにするって言う人は殆ど居ない。これは上手いこといっていて監督が居てアニメーターがいて、かなりなシステム度合いの分業なんだと。それをある時点で言っちゃったのが富野っていうひとで。(ガンダムの監督さんですね)

で、面白いと思ったのが伝統芸能に関する考察。たとえば落語でも歌舞伎でも、本来は芸人がやっている芸なんだけど、実力じゃない部分とかも含めて本当は凄いっていうことを分からせてしまった。(まあ、それが通を生んで斜陽になっていることの理由だって言う訳ですが)

なにかを減じていく過程が権威を否定するようなところがあって、なにも偉そうなものが無いところに人ってどちらかというと集まる。(特に若いひと)
減じていくというのは個人的な語法なんだけど、ブルーズやジャズからロックになり、パンク、テクノ、ヒップホップっていう風に進んでいるとすると、やっぱり後になればなるほど技術や権威が抜け落ちていく。

全てがそういう語法では、説明できないところだろうけど、例えばロックのレコーディングでもいまはコンピューターを使わない手法は考えられない。
つまり要素としてはどんどん何か技術的なものやら権威的なものが減進行していると見られて、で、結局権威というか偉いということを分かられようとするところで硬直がはじまる、とか。

映画もまた斜陽ではあるけど、北野監督の映画が興行的にいけないっていうのは権威うんぬんの話からは非常によく俯瞰できる。
つまり、凄い人が作っているから、凄い映画であって、という大上段の構えがあって、実際見たら、玄人好みの記号だらけだったりだとすると、やっぱり俗な大衆はどのみち付いていけない。(面白くないんだから)