最近またアナウンサーの仕事に興味を持ってくれる若い人が増えているらしい!嬉しい限り。

がしかし、誤解や考え違いも多い。

タレントと勘違いしている人も。


あらためて僕の「アナウンサー論」を!


まずそもそもから

「ジャーナリストになりたい」とぼんやり考えていたのはいつのころからだろうか?

多分中学生の時にもう放送部に所属していたので、その頃には、将来は放送局か新聞社に入りたいものだと考えていた気がする。

母校の大学も、学生放送局のアナウンサーとして毎日の学内向けの放送でニュースを読んでいた。

とりわけ全国の大学で「全共闘」の活動が盛んになっていた時期。学生放送局のニュースも「敵、国家権力は、三里塚において労働者・学生に対し暴虐を繰り返しは云々」というような過激な内容であったことを覚えている。

 いざ実際の就職試験が始まると各社ともに何時もの質問は、「何故アナウサーに(記者に)なりたいのですか?」というもの。その時の僕の答えは

「歴史の節目をこの目で見たくて」というものであった。

歴史の動く瞬間をこの目で見たいという希望は、

かなり幼い頃から考えていたような気がする。

歴史の節目に立ち会い、それを人に伝える仕事が出来れば

どんなにいいか!

したがってテレビに出たい、ラジオでしゃべりたいという

発想はなかった!

ひとりのジャーナリストとして「伝える人」になりたい、

できれば自分の言葉で。

だから当面の希望は「アナウンサー」だった。

アナウンサーになってからも

ジャーナリストとしてのアナウンサーという姿勢は

一貫していた。

そのために抗い、闘った。


実は昭和50年代終わり頃、NHK内部に「取材の出来ないアナウンサーという職種は要らない。記者として採用して話言葉を訓練すればいい。」という論理でアナウンサーの採用をやめようという動きがあり、実際に昭和59年入局のアナはほとんどいない。

ことほどさように、アナウンサーという職種は

吹けば飛ぶような存在であることをアナウンサー集団は認識した。


以後しばらく「取材」や「番組制作力」を新人アナ研修の重要な項目とした時代が続く。


しかしその間に肝心の「音声表現」力が疎かになり、

今や

鼻濁音も出来ないアナウンサーが一杯いる。

両方大事なのだ。

優れた取材力を持つ、卓越した音声表現者。

それが本来の、ジャーナリストとしてのアナウンサーの姿であり、

だからこそ存在意義がある!

そのことを肝に銘じてほしい。

でないと

BBCのようにアナウンサーいなくなるよ!

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