日本のテレビ番組にとって画期的となる、あるニュース番組が198510月に誕生、放送開始した。久米宏さんの「ニュースステーション」である。


当初、テレビ朝日のこの番組は、NHK内部でも頗る評判が悪く、「あんなものニュースじゃない!NHKは今まで通り正統派で行く。」というのが報道局の大方の受け止めであった。つまりこの番組は当時の日本のテレビニュースの中では「異端」であったのだ。しかも、当初視聴率も芳しくなく、一桁台後半をウロウロしていたのだ。そのNステがにわかに注目され始めたのが1986(昭和61)2月の「フィリピン政変」であった。 

1965年以来の長期政権となっていたフィリピンのマルコス政権はこの頃独裁色を強め、特に1983年の反政府派のべニグノ・アキノ暗殺事件をきっかけに一般民衆の反発が強まり、この頃連日のように反マルコスデモが続き、警官隊との衝突を繰り返していた。暗殺されたアキノ氏の未亡人コラソン・アキノが大統領選挙に立候補し高い支持を受けたが、選挙に強く干渉し開票についても政治的操作を行ったマルコス政権は、強まる一方の反マルコスデモを前に次第に力を失っていった。222日にはラモス参謀長ら軍人も決起し、後ろ盾となっていたアメリカからも見放され、コラソン・アキノが大統領就任式を行い、ついにマラカニアン宮殿を民衆が取り囲み、マルコス夫妻が逃げ出すという事態となった。

 ニュースステーションは、この日早河洋プロデューサー(当時)(後にテレビ朝日社長)30分の時間延長を決断。放送終了の130秒前にCNNテレビで中継された米国・シュルツ国務長官の記者会見を流し、マルコス前大統領の亡命および政権崩壊の一報を伝えた。象徴的だったのは、当時大学生だった「安藤優子」がマニラから電話で中継を行ったことだ。




安藤は、隣にいたNBCニュースの情報を聞き取ってそれを取材源にしていたらしい。それまで日本のニュースはある一定時間の動きをまとめて「原稿」にしてアナウンサーが伝える「ストックニュース」が基本であった。このやり方だと、記者の現場での取材➡︎原稿書き➡︎原稿送り➡︎デスク加筆修正➡︎アナウンサーへ➡︎放送  と事態発生から急いでもかなりのタイムラグが発生する。とりわけ事件事故の現場が海外の場合その時間差は極めて顕著で、生放送がテレビの大きな特徴になりつつあった時代に、とても[news]と呼べる代物ではなかったのだ。「Nステ」は、刻刻変わるマニラの状況を例え電話であったとしても、取材者からのフローの情報として(デスクのチエックを通さずに)そのまま「生放送」したのだ。おそらくテレ朝では、安藤の電話リポートを東京で書き取って原稿にしたのではないか。後に私自身が90年代の東ヨーロッパの崩壊でこうした事態を経験することになった。スタジオでニュースが作られ原稿が後を追うということ。これぞ、求められつつあった「テレビニュース」だったのだ。私も「Nステ」のマルコス政権崩壊情報を生で見ていたが、あたかも現地マニラで具に見るごとく、生々しい情報であった。

この日のニュースは、後に「ニュース番組を変えたニュース」として伝えられている。また、200921日にテレビ朝日開局50周年記念特番の一環として放送された「ニュースの記憶〜あの頃あの時あなたは報道50年映像全史〜」では、冒頭10数分にわたりこの日の放送の一部が放送された。なお、この日は関東地区で19.3%の視聴率を記録した。テレビニュースが変わった瞬間であり、NHKニュースも以後、好むと好まざるに関わらずこの「Nステのやり方」が、大きな影響を与えることになる。もうひとつこの番組が日本のテレビニュースの世界に大きな影響を与えたのが「分かり易さ」であった。Nステは、「小学生でもわかる。」をキヤッチフレーズにしていたが、少なくともNHKを含めて、ニュースに「分かり易さ」を持ち込むことに何故か抵抗があったと思う。「分かり易さ」はテレビ屋の仕事の大きな特徴であったはずなのに、ニュースの世界だけは別扱いだったのだ。

そういう中で、Nステの制作を担当していた制作プロダクション「オフィス21」は、ニューススタジオに「模型」を持ち込むという「快挙」に出た!

後に当時の早川プロデューサーの話を聞く機会があったが、オフィス21との議論では、毎日のように報道「こういうことはニュースではやってはいけないことなんでしょうか」という提案がなされたという。制作プロダクションという、これまでのテレビニュースの制作現場とは人種の違う人たちが、「テレビのやり方」をニュースにの持ち込むというタブー崩しをやっていたのだろう。更にNステは、政局ニュースを扱う際に、政治家の特徴をよく捉えた「人形」を使うことも始めた。模型も人形も今やNHKも含めて「常識」になっていることからみても、この番組が如何に影響力を持っていたかがわかろうと言うもの。