意外な報告
・・・終わった・・・の?
アーク・マンユの半身が消え、洞窟内に静寂が訪れて初めて志保が確認するように呟くと「完全にね」と返事をするコヨミ。
その返事を聞いて初めて集中を解くと陽子と同じく大の字になって寝転がってしまう。
「こんなに疲れたのは初めてよ…
申し訳ないけど、誰かお水を貰えないでしょうか」
全身から大量の汗が噴き出ている様子を見ると、尋常ではない体力の消耗の仕方だったに違いない。
そんな志保にグリーンが天然水のペットボトルを渡そうとしたのだが、ペットボトルを持つことも出来ない程消耗しきっている様子で志保の手からペットボトルが落ちてコヨミの足元へと転がって行く。
「まぁ、アレだけのことをやってのけたのだから仕方がないでしょうね」
そう言いながらペットボトルを拾い水を飲ませてあげるコヨミは念話を使い私達の正体については誰にも言わないでねと釘を刺さしはしたが、志保もまた、こんなことを言い触らしたところでなんのメリットも無いし信じてもらえることではないと言うか、ヘタすると変人扱いされてしまうので解ったとしか返答のしようがない。
その間、ヒーロー達が一行に対し自分達の都合の悪い部分の記憶を改ざんした様子でコヨミ側の人物は全員祓い屋で最初から全員居たと理解している様子。
まぁ、余計なことを知ってしまえば更なる混乱を招きかねないのでコレで良いのかも知れない。
「誰でも良いから答えて欲しいのだけど、蘭は理解出来るとして、何で陽子まで連れて行こうとした?単に俺と芳樹にダメージを与えたかっただけとは思えないのだが?更に言うと、陽子の中に誰か入り込んでいたよな?アレは何だったんだ?」
体力が回復して来たのだろう昭が問う。
然し、その問いに本当のことを語ることは憚れた。
その問いに答えるには一行を混乱させるには十分な内容が含まれているからだ。
口ごもるコヨミ達を横目に答えたのは天音であった。
「何処で繋がったか不明なのだけど、中にいたのはあの芹佳とか言う女の怨霊を操っていた悪い神様だったの
最初は蘭ちゃんとあの男の二人と芹佳の3人を生贄に力を得ようとしていたみたいだけど、あと少しの所で失敗した。
けど、どうあっても蘭ちゃんだけは連れて行こうとしていた。蘭ちゃんに対する芹佳の執着はもの凄かったからね。
好きでもない男の子供を生かしておかないって思い込んでいたのだろうね。
その為にあんな面倒な呪をかけていたのだから失敗するなんて想定はしていなかったと思うよ
想定外の事態に慌てたのだけど、怨霊の負の感情に当てられて心が不安定になった人が居た
それがこの人」
陽子をチラリと見たあとで続ける天音の話に誰もツッコむことが出来ない。
「それで悪い神様はこの人の魂の中身だけを殺して芹佳の欠片をそこに植え付けることを考えた。芹佳の欠片を10%程保有していたみたいだったと言うかまさかの為の保険のつもりだったのだと思う。それだけのパーセンテージが有れば空の器に欠片を植え付けるだけで再生するからね。
要はこの人の肉体を乗っ取って芹佳を蘇らせようとしたってこと。
でも、この人の往生際の悪さと旦那さんや能力者さんとの絆の強さに上手く行かなかった
そこにお母さんと赤野さんが能力者さんを手助けして退治したって訳」
もし、山科家の絆が強固なものではなかったら…
助けを求めて頼って来たのがコヨミではなかったら…
いや、それ以前に蘭と山科家が繋がらなければこの結果はあり得なかったと天音が言う。
然し、被害者である蘭と陽子は未だ目覚めないでいた。
陽子が目覚めないのはまだ解らなくはないが、蘭の方は目覚めてもおかしくはない。
そのことが一行の不安を煽る。
「こう云う時は王子様の口吻が定番なんだけどな」
意味深な笑みを浮かべ、冗談ぽく言うコヨミの言葉に釣られる様に全員の視線が優里に集まり無言の圧力をかけて行く
エッ…
解り易い反応に戸惑う優里に「覚悟を決めろ」と昭の言葉に観念した様に優里の唇が蘭の唇に近付き、あと1cmの距離まで近付いた時
バッシーン!
もう少しのところで覚醒した蘭が優里の唇を躱しだけでなく平手打ちをカマしたのだ。
「ドサクサに紛れて何をしようとするのよ
このエロノミー星人!」
あまりの仕打ちに打たれた部分に手を当てて信じられないと言った表情になる優里に罵倒を開始しようとする蘭を血相を変えて抑え込みながら落ち着かせようとする昭。
「まぁ、蘭ちゃんは何も解らないし覚えてないだろうから仕方がないけど、彼らは彼らなりに蘭ちゃんのことを心配した結果のことなのだからその辺にしてあげたら?」
そんな蘭と一行の間に天音が割って入って何があったのかを説明すると、今度は蘭が優里に対して平謝りする。
目覚めさせる為とは言え優里をけしかけてキスさせようとしていたのには間違いない。
「まぁ、蘭ちゃんもその辺で勘弁してあげたら?
未遂だったのだからさ。
で、この人はどおする?
言っておくけど、病院に連れて行っても回復しないよ?」
潔癖症の気があるのか、一行を睨み付ける蘭を宥めながら目覚める気配もない陽子をどおするのかと問いかける天音
「それなんだけどさ…
陽子の心は壊された訳ではないんだよな?」
問いかけられ、仕方ねぇヤツだなと言わんばかりに陽子の生存を確認した後で状態を確認する昭に「それは安心して良いよ」と返すコヨミ。
「コイツ、一度寝たらなかなか起きねぇんだよ」
陽子はショートスリーパーである代わりに眠りが深く一度寝るとちょっとやそっとでは起きることはない。
それを知っている昭は寝ている陽子に悪戯を仕掛けることがあり、その都度怒りを買っているが夫婦のコミニュケーションの意味もあるのでヤメることはない。
内心悪戯したくてウズウズしているがダメなものはダメだし、衆人環視の中でやるほど子供ではない。
強制的に覚醒させる手は幾つか有るものの、非常に面倒だしアイテムも無い。
「朴っておいても2〜3時間もしたら起きるだろ
俺が見ているから皆は飯でも食いに行ったら良いよ
てか、はよ行け
志保と蘭、お前達もだ!」
少しの間、二人きりにしてくれと言いたいのだろうが、元来素直な性格ではない昭は敢えて乱暴な言葉で人払いする。
昭の言葉遣いにグリーンとピンクが反応するもコヨミが宥めて何事もなく二人を残して全員が立ち去ったのであった。
………
……
ホント、厄介で面倒な嫁だよ…お前はよ…
でも、こんな嫁にしてしまったのは俺の責任でもあるんだから最後まで面倒は見てやるよ。
コンコンと眠る陽子の横に座り込み、今までのことを思い出して暗鬱な気分に陥ってしまう。
紆余曲折を経て付き合いが始まって結婚をし、更にあんな店まで経営することになるまでの過程で何度となく突き放されたり結婚後は離婚を迫られる事態に陥ったことだってある。
勿論、それは陽子の誤解だったり昭や周囲の人達から質の悪い悪戯が招いた事態もあったのだが、そもそも二人には離婚と言う選択肢は無い。
それでも離婚と言う言葉が出現した事態を引き起こす程の修羅場を乗り切ったからこそ今の関係が築かれているのだ。
二人きりになって1時間が過ぎたが陽子が目覚める気配がない。
その時、昭のスマホに届く一件のラインメッセージ
二人の娘である琴音からだ。
このタイミングでなんと間の悪いと思いながらも他にすることがないので、思わず覗いたら場違いな程に嬉しい内容のメッセージだった
「オイ!
琴音がアイツにプロポーズされたってよ!
しかも、相手は婿入りドンと来い状態だって言うんだから、こんなに嬉しいことはねぇ!
早う起きろ!
じゃないとこの幸せは俺が独り占めすんぞ!」
琴音がキーワードだったのかプロポーズがキーワードだったのか、はたまた別の要因が有ったのかは解らないが昭が言い終わると同時にガバッと起きて
「ソレ本当?」
と、聞き返す陽子にスマホの画面を見せてドッキリじゃないよと返す。
二人の出会いは幼少期に遡る。
最初は琴音の一方的な一目惚れだったのが、一緒になって遊んでいるうちにいつの間にか両想いになって行ったのだ。
それから彼氏の両親の都合で離れ離れになった。
然し、彼氏の両親の転勤先が以外に近くだったので家族ぐるみの付き合いは継続していた。
そうこうしている内に何時の間にか二人は遠距離恋愛に発展して今日に繋がったと言う訳だ。
まぁ、実際問題としてこの後、琴音が店を継ぐと言い出したこともあって2人の結婚はカナリの期間を要することになるのだが、それは別の話。
「まぁ、琴音のことは後回しにするとして
お前は大丈夫なのか?
気分はどおだ?」
心配そうに陽子を見つめる昭に対して「大丈夫だよ迷惑かけたねゴメン」と謝罪した後で誰も居ないことに気がついたのか、そのことを問い質すと二人きりになりたくて追い出したと返事をする。
「そっか…
情けない場面を見られちゃったね」
何時もは気丈に振る舞っていて、絶対に弱い姿を晒すことのない陽子が仲間内とは言え、取り乱し無様な姿をさらすなんてことはあり得ない話なのだ。
落ち込む陽子に
「一人で抱え込もうとするからその反動もデカくなるんじゃねぇの?もっと周りを頼れる様になれよ
皆心配してるんだぞ」
と言う昭に解ってはいるのよと返すに留まる陽子。
コレばかりは性格から来るものもあるので直ぐにはどおにかなる問題ではないだろう。
「それよか、腹減ったぞ
飯だメシ!お前の相手をするのにどれだけ体力を使ったと思ってんだ
俺の方がぶっ倒れそうだよ
早く行こうぜ」
そう言う昭に促され、陽子も漸く腰を上げる。