本物が食べたいのに! | 想いつくままに「コラム?」

本物が食べたいのに!

 仕事帰りに毎日どこかで軽く一杯呑むのが私の日常だが、値段が安ければビールが発泡酒でも、味が自分の好みに少々合わなくても我慢できるものだ。だから回転寿司店で、中トロといっても本マグロやカジキまぐろの中トロではなく、マグロ科(?)に属する安い魚の腹の部分と了解して口にしている。

 しかし、少々高くてもおいしいものが食べたいと意を決すれば、雑誌に掲載されている有名店か一流ホテルのレストランに予約を入れる。まさかメニューの違うものを食べさせられるとは思ってもいないからだ。微妙な味の違いは、確かに判らない。本物のステーキなのか成形肉のステーキなのか、それを見破れるほど私の口は肥えていないと思う。誰もがそういうレベルではないか。

 だから、味わいながら本物を口にしているという現実に満足する。おいしいという感じ方が、メニューの表示と金額の高さで助長される。

 誤表示とつっぱっている企業トップや現場責任者は、偽装であること間違いなく自覚している。利益を追求する企業倫理が、利益を供給する消費者を食い物にしている。「コンプライアンス」なんていうのは、会社内のコンプライアンス担当者が、やむなく書類を作成しているレベルに留まっているのである。日本人は本音と建前を良かれと思っており、いつも原則を見失うから、これぐらいは許される(わからない)だろうと、簡単に倫理観を捨て去る日常を受け入れる。

 「いい素材で安くおいしい料理を提供する!」は、誰もが理想だろうと苦笑いする。理想が実現しないので建前となる。「現実は厳しいよ!」と言いながら、理想に近づけようとしない現実に甘んじてる人が本音として今を愚痴っている。あるいは、現実のかかえる問題を理想への高いハードルとして、理想への道を塞いでいる。

 それでも、理想に向けて必死でお客さんにおいしいものを安く提供しようと奮闘している料理人がたくさんいる。今回の一連の事件は、私達へもさることながら、そんな料理人の人たちへの裏切り行為そのものである。

 中国産の食の安全に気をかけ、今度は車エビが本物かどうか危惧してとなると、中国産でない食材を、 本物を見極めて家で料理するしかないとなれば、外食して食べる楽しみが一つ減る。このごろ、居酒屋に行っても、食材の産地と種類が気になり始めた。