スピリチュアル・ライフ
 
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闇と明の修行


 始めのうちは、怖くて、怖くて、全ての物が私に襲い掛かって


 来る様で、とても三十分も一時間も歩く事はできなかった。

 

 暗闇の片隅にひっそりと立つ人霊や、又、中には物凄い形相で、

 

 背後から急に声を掛けてくる自縛霊、又、私の身体を憑依しょうと

 

 襲い掛かって来る物もいた、老人の霊、子どもの霊、怖い怖いと


 思うから、枯れ木やススキも霊に見えてくる、本当に怖かった。

 

 修行中、どうしても怖さがぬぐいきれない時には、「・・・」と、

 

 口の中で真言を唱えながら、そんな霊に対して「・・・・・」を、

 

 しながら毎日、毎日闇を歩いた。
スピリチュアル・ライフ

スピリチュアル・ライフ


  

闇と明の修行


闇の「動」の修行を実践する事にした=灯りを持たず夜道をひたすら

 

 歩く。      

 

 なぜ、「動」なのか?=動いていれば気がまぎれ、怖さも半減する。 

 又、怖ければ走る事もできる、でも、走る事は行を放棄する事にな


 る、どんな事があってもやってはいけない。

 

 その当時の私の住んでいた処は、田舎で民家と言ってもほとんど無


 く、家と家の間の距離は百メートル以上も離れていて、


 ほとんど明かりも見えないのが現状だった。

 

 そんな田舎で、始めは民家の明かりや、月明かりがある夜道を歩行し

 

 徐々に民家の無い処や、神社、寺、墓地、山の中、時間を決めて行な


 い怖さを慣らしていくのです。



闇と明の修行

闇と明の修行、

闇の行=には動と静とに分かれる

明の行=とは明るい所でのさまざまな行

 

私は、幼い頃より23歳の師匠との出会いの時まで、

 

 夜が人一倍怖かった。

 

 幼い時は、夜に成ると、たとえ家の中でも一人で居ることが

 

 出来なくて、母や姉の傍に付きまとわっていた。

 

 幼い時から私は、普通の人には見えない霊体が見えて、

 

 その霊体におびえていたのです。

 

 23歳の時に引き寄せられたかの様に師匠との出会い、


 それからの私は師匠の手足と成って、色々な行を実践した。

 

 師匠に教を貰うだけでは物足らず、元々祖父から受け継いだものを


 開花させる為の修行も、怠らなかった。

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