裏の「人間関係を充実させる方法」
人間関係を良くしていきたいと思う人は、人間関係についての
勉強をしたりします。
本を読んだり、このブログを読んだりして勉強します。
それ自体は大変素晴らしいことだとは思うのですが、実は
それが人間関係を良くしていかない原因にもなりうるのです。
今日は、そういう少し変わった話をしていきたいと思います。
普通であれば、勉強すればいろんなことを知って、人間関係は上手く
いく、という風に思いますよね。
もちろん、そういうことはあります。学べば学ぶほど良くなっていくでしょう。
ただ、同時にこんな問題も含んでいるのです。
~人間関係に価値を置きすぎる~
人間関係を良くしていきたい、と思ったときにかなり重要になってくるのが、
人間関係以外の充実です。
これはかなり逆説的なことだとは思うのですが、
人間関係に固執している人ほど上手くいきません。
自分の人生が充実していて、満足できるものであったなら、
人間関係に必要以上に価値を置くことはなくなります。
人と一緒にいることでしか人生を充実させることができないなら、
人間関係は重荷になります。
自分の幸せの全てがそこで決まってしまうわけですから、
慎重にもなるし、嫌われたくないと思うのは当然です。
でも、自分の人生が充実していたらどうでしょうか。
人間関係について考えている暇がないのです。
少し人間関係がぎくしゃくしたくらいではどうってことないし、
1週間もすればきれいさっぱり忘れていたりします。
「ああ、そんなことがあったね」
という感覚。
で、そのバランスが大事なのですね。
自分の人生を充実させること。
やりがい、生きがいを見つけ、夢や目標に向かって努力すること。
そういう生き方は本当に楽しいし、それがあってこそ人生はワクワク
したものになります。
心がワクワクして、悩んでいる暇はありません。
小さなことでクヨクヨしている暇はありません。
しかも、そういう人から発せられるオーラは明るいもので、
人が集まってきます。
逆に、暗いオーラを発している人はどれだけ勉強しても人間関係は
変わりません。
明るい
ということは大前提です。
暗い人に人は寄っていきません。
劣等感、妬み、悪口、不平不満…
いつもそういうことを考え、人を疑いの目で見て、
自分のメリットばかりを考えている人は、オーラで分かります。
みんな気がついています。無意識で。
だから、人が集まらない。
何となく、嫌な感じがする。
多くの場合は、「何だか分からないけど、嫌な感じ」という感覚は正しいです。
人間には直感があり、現代人はかなり鈍っていますが、直感は正しい場合が多い。
逆もまたそうです。
自分自身も、「あっ、この人は仲良くなれるな」「一緒にいて、自然体でいられるな」
と直感で感じた人とは全員仲良くなっています。
その人を見た瞬間に分かります。
そして、多くの人にその能力は備わっています。
大事にしてください。
話がよくそれてしまうのですが、自分の人生を充実させることが大事、という記事でした。
さらに深い内容はこちらで徹底的に話しています。
JUN
勉強をしたりします。
本を読んだり、このブログを読んだりして勉強します。
それ自体は大変素晴らしいことだとは思うのですが、実は
それが人間関係を良くしていかない原因にもなりうるのです。
今日は、そういう少し変わった話をしていきたいと思います。
普通であれば、勉強すればいろんなことを知って、人間関係は上手く
いく、という風に思いますよね。
もちろん、そういうことはあります。学べば学ぶほど良くなっていくでしょう。
ただ、同時にこんな問題も含んでいるのです。
~人間関係に価値を置きすぎる~
人間関係を良くしていきたい、と思ったときにかなり重要になってくるのが、
人間関係以外の充実です。
これはかなり逆説的なことだとは思うのですが、
人間関係に固執している人ほど上手くいきません。
自分の人生が充実していて、満足できるものであったなら、
人間関係に必要以上に価値を置くことはなくなります。
人と一緒にいることでしか人生を充実させることができないなら、
人間関係は重荷になります。
自分の幸せの全てがそこで決まってしまうわけですから、
慎重にもなるし、嫌われたくないと思うのは当然です。
でも、自分の人生が充実していたらどうでしょうか。
人間関係について考えている暇がないのです。
少し人間関係がぎくしゃくしたくらいではどうってことないし、
1週間もすればきれいさっぱり忘れていたりします。
「ああ、そんなことがあったね」
という感覚。
で、そのバランスが大事なのですね。
自分の人生を充実させること。
やりがい、生きがいを見つけ、夢や目標に向かって努力すること。
そういう生き方は本当に楽しいし、それがあってこそ人生はワクワク
したものになります。
心がワクワクして、悩んでいる暇はありません。
小さなことでクヨクヨしている暇はありません。
しかも、そういう人から発せられるオーラは明るいもので、
人が集まってきます。
逆に、暗いオーラを発している人はどれだけ勉強しても人間関係は
変わりません。
明るい
ということは大前提です。
暗い人に人は寄っていきません。
劣等感、妬み、悪口、不平不満…
いつもそういうことを考え、人を疑いの目で見て、
自分のメリットばかりを考えている人は、オーラで分かります。
みんな気がついています。無意識で。
だから、人が集まらない。
何となく、嫌な感じがする。
多くの場合は、「何だか分からないけど、嫌な感じ」という感覚は正しいです。
人間には直感があり、現代人はかなり鈍っていますが、直感は正しい場合が多い。
逆もまたそうです。
自分自身も、「あっ、この人は仲良くなれるな」「一緒にいて、自然体でいられるな」
と直感で感じた人とは全員仲良くなっています。
その人を見た瞬間に分かります。
そして、多くの人にその能力は備わっています。
大事にしてください。
話がよくそれてしまうのですが、自分の人生を充実させることが大事、という記事でした。
さらに深い内容はこちらで徹底的に話しています。
JUN
1億円よりも、深い愛情が必要なワケ
人間関係について突き詰めて考えていけば考えるほど、
親子関係が非常に重要であるということが分かります。
私たちの無意識をコントロールしているのは、小さい頃の体験であったり、
ショッキングな出来事であったり、親から教えられてきたことであったりします。
親が温かい愛情をいつも注いでくれ、それでいて子供に依存せずに
自分で幸せになれる親であったなら、
その親のもとに生まれた子供は、何百億という資産を持った親のもとに生まれた人よりも、何万倍も幸せである、ということが分かりました。
でも、ほとんどの家庭はそうではないのです。
親の仲が悪かったり、いつも家に誰もいなかったり、
親が勉強を強要してきたり、「あなたをためを思って」と言って
恩着せがましいことをしてきたり、
子供に依存していたり。
「心に余裕がない」親がほとんどです。
そういう家庭のもとで育つと、どこか心に課題が残ります。
例えば、愛情飢餓。
これは、「共依存」というものにもつながってきますが、
小さい頃に愛情が足りなかった、十分な愛情を与えられなかったために、
大人になってから母親以外のものでその愛情を満たそうとする。
多くの場合は恋人ですね。
そして、おそらしいほどコンプレックスはコンプレックスを引き寄せる。
愛情飢餓の人が引き寄せてしまうのは、
回避依存傾向を持った人です。
回避依存傾向のある人というのは、相手を一方的に惚れさせておいて、
自分は心を開かない、という人です。
これも実は、「捨てられる恐怖」があるからそうするのですが、
回避依存の人は永久に幸せにはなれないと考えてよいと思います。(もちろん治すことはできます。そのままでは、という意味です)
なぜなら、自分は心を開いていないからです。
自分が心を開かずして、どうして真実のコミュニケーションを取る
ことができるでしょうか。
心を開いているようで、いつもどこか上辺の部分が残っていて、
何か壁を作っていて。
そしてそういう人は、「保険」をかけようとします。
傷つきたくないので、「捨てられた」ときのダメージを
小さくしようとして、誰か別の人を確保しておくのです。
心を開かないのは、根本的には捨てられることが怖いからです。
愛情飢餓や回避依存の人を責めろ、と言っているのではありません。
多かれ少なかれ、私たちにはその傾向があってもおかしくないですし、
一番つらいのは本人なのです。
そう、本人は悪気があってやっているわけではありません。
過去の体験の中で、そうすることが生きる術だったのです。
生きるために、そうせざるを得なかった。
だから、責めることはできません。
長くなったのでこのくらいにしておきますが、
真に愛情を与えられる人、というのが今は少ないと思います。
愛してくれるから、愛す
というのは、違うと思います。
自分のことを考えてしまう人たちばかりの世の中で、与えられる人が
いれば、どれだけ素晴らしいだろうと思います。
JUN
親子関係が非常に重要であるということが分かります。
私たちの無意識をコントロールしているのは、小さい頃の体験であったり、
ショッキングな出来事であったり、親から教えられてきたことであったりします。
親が温かい愛情をいつも注いでくれ、それでいて子供に依存せずに
自分で幸せになれる親であったなら、
その親のもとに生まれた子供は、何百億という資産を持った親のもとに生まれた人よりも、何万倍も幸せである、ということが分かりました。
でも、ほとんどの家庭はそうではないのです。
親の仲が悪かったり、いつも家に誰もいなかったり、
親が勉強を強要してきたり、「あなたをためを思って」と言って
恩着せがましいことをしてきたり、
子供に依存していたり。
「心に余裕がない」親がほとんどです。
そういう家庭のもとで育つと、どこか心に課題が残ります。
例えば、愛情飢餓。
これは、「共依存」というものにもつながってきますが、
小さい頃に愛情が足りなかった、十分な愛情を与えられなかったために、
大人になってから母親以外のものでその愛情を満たそうとする。
多くの場合は恋人ですね。
そして、おそらしいほどコンプレックスはコンプレックスを引き寄せる。
愛情飢餓の人が引き寄せてしまうのは、
回避依存傾向を持った人です。
回避依存傾向のある人というのは、相手を一方的に惚れさせておいて、
自分は心を開かない、という人です。
これも実は、「捨てられる恐怖」があるからそうするのですが、
回避依存の人は永久に幸せにはなれないと考えてよいと思います。(もちろん治すことはできます。そのままでは、という意味です)
なぜなら、自分は心を開いていないからです。
自分が心を開かずして、どうして真実のコミュニケーションを取る
ことができるでしょうか。
心を開いているようで、いつもどこか上辺の部分が残っていて、
何か壁を作っていて。
そしてそういう人は、「保険」をかけようとします。
傷つきたくないので、「捨てられた」ときのダメージを
小さくしようとして、誰か別の人を確保しておくのです。
心を開かないのは、根本的には捨てられることが怖いからです。
愛情飢餓や回避依存の人を責めろ、と言っているのではありません。
多かれ少なかれ、私たちにはその傾向があってもおかしくないですし、
一番つらいのは本人なのです。
そう、本人は悪気があってやっているわけではありません。
過去の体験の中で、そうすることが生きる術だったのです。
生きるために、そうせざるを得なかった。
だから、責めることはできません。
長くなったのでこのくらいにしておきますが、
真に愛情を与えられる人、というのが今は少ないと思います。
愛してくれるから、愛す
というのは、違うと思います。
自分のことを考えてしまう人たちばかりの世の中で、与えられる人が
いれば、どれだけ素晴らしいだろうと思います。
JUN
ダメ男にだまされる女性の心理
魅力的な人間になること。
それが、人間関係の悩みを根本的に解決する究極の方法です。
これがゴールです。
自分が魅力的な人間になることができれば、
全ての問題が解決されます。
ただ、では「魅力」とは何なのか、ということが問題になるわけですが、
そのあたりについて話す前に大事なことを話さなくてはなりません。
それは、
魅力的であることと、魅力的に見えることは違う
ということです。
本当は魅力的ではないのに、魅力的に見えるから人気がある、
という人もいますし、
本当は魅力的なのに、見せ方を間違っているから人気がない、
という人もいます。
女性の方で、付き合う男性がいつもダメ男だ、という方がいると聞きます。
これは、魅力的に見える男性を選んでいる証拠です。
魅力的である、のではなく、そう見える、ことが重要なわけです。
「見た目」もそうですし、「自信」にしても、
自信があるように見えるから好きになってしまう。
でも実は、現実を何も頑張っていない人だったり、
何も考えていない人だったりするわけですね。
逆に魅力的な人も、優しいがゆえに相手に気を遣いすぎてしまったり、
愛しすぎて重くなってしまったりすることがあります。
それが相手には魅力的に見えなかったりするのです。
これは本などを読んでいてもほとんど語られることがありません。
そのことに私は本当に驚くのですが、
ほとんど、「見せ方」の方か「あり方」の本で、
その著者もその二つがあることをほとんど意識していないのです。
でも、意識する必要があります。
つまり、魅力的であること、さらに、魅力的に見えること。
この二つをきちんと意識することが大事だということです。
魅力的に見せることばかり磨くということは、相手をだますということです。
でも「見せ方」も注意しないとせっかくのあなたの魅力が伝わりません。
どちらも必要だ、ということです。
今回はこのくらいにしておきます。
JUN
それが、人間関係の悩みを根本的に解決する究極の方法です。
これがゴールです。
自分が魅力的な人間になることができれば、
全ての問題が解決されます。
ただ、では「魅力」とは何なのか、ということが問題になるわけですが、
そのあたりについて話す前に大事なことを話さなくてはなりません。
それは、
魅力的であることと、魅力的に見えることは違う
ということです。
本当は魅力的ではないのに、魅力的に見えるから人気がある、
という人もいますし、
本当は魅力的なのに、見せ方を間違っているから人気がない、
という人もいます。
女性の方で、付き合う男性がいつもダメ男だ、という方がいると聞きます。
これは、魅力的に見える男性を選んでいる証拠です。
魅力的である、のではなく、そう見える、ことが重要なわけです。
「見た目」もそうですし、「自信」にしても、
自信があるように見えるから好きになってしまう。
でも実は、現実を何も頑張っていない人だったり、
何も考えていない人だったりするわけですね。
逆に魅力的な人も、優しいがゆえに相手に気を遣いすぎてしまったり、
愛しすぎて重くなってしまったりすることがあります。
それが相手には魅力的に見えなかったりするのです。
これは本などを読んでいてもほとんど語られることがありません。
そのことに私は本当に驚くのですが、
ほとんど、「見せ方」の方か「あり方」の本で、
その著者もその二つがあることをほとんど意識していないのです。
でも、意識する必要があります。
つまり、魅力的であること、さらに、魅力的に見えること。
この二つをきちんと意識することが大事だということです。
魅力的に見せることばかり磨くということは、相手をだますということです。
でも「見せ方」も注意しないとせっかくのあなたの魅力が伝わりません。
どちらも必要だ、ということです。
今回はこのくらいにしておきます。
JUN