丸地 扶(まるち・たすく)の話ではない。
やや強引か。
岩波書店から届いた著者謹呈書籍を
1ページずつ、めくって眺めていた時、
まず最初に気づいたのが、
<自己盗作>を回避するための説明が、
多くの章の末尾に書かれていたこと。
なーんだ、岩波のために<書き下ろした論文>
ではないのだ、とちょっとがっかりした。
すでに発表している論文や著作の<改変・加筆>
が多かった。
他の巻でも同じような感想を持ったので、
社会学者は忙しくて<新作>は書けないのだと
思った。
新作ではないよというクレジットは、自発的なの
だろうか。
それとも岩波書店の要求か
それとも編者の要求か。
この姿勢は正しい。
私によくあることなのだが、何かに集中してページを
くっている時、
別のことを考えているようだ。
ページを眺めることに集中していない。
で、<まえがき>に
自分と社会学の出会いを分かりやすく書いて
<導入>にすれば良いという考えが浮かんだ。
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