功徳日 | あきらのブログ 一期一会 

 

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そういえば、8月9日。東大寺二月堂にお参りしました。この日は、功徳日であり、一度行きました。夕方から行きましたが、二月堂の観音様は、秘仏であり、見た事はないですが、西国観音霊場と関係のあるお寺のようです。番外霊場というのかも知れないです。比叡山の根本中堂、高野山の奥の院、大阪の四天王寺なども、番外霊場のようです。

 

善光寺というお寺には、一度行ったことがあるが、凄く、朝の尼僧様のお念仏をいただくときに、なんて、神秘的であり、凄く有難い記憶が蘇ります。

 

僕は、翌年、鬼門の南天を祈禱をかけないで、伐採したら、倒れて、未だに、パニック発作が残り、上手に付き合うパニック障害という病気になりました。奇病であり、治らないのが現実です。

 

功徳日でした。観音様は、3文字で、南無観(なむかん)と東大寺二月堂では、唱えるみたいです。お堂で、一生懸命、観音経を唱和される男性が、おられました。

 

僕も、萬福寺の経文があり、中国語で心経を唱えました。萬福寺は、中国禅宗であり、普段とは違う心経を感じます。たどたどしい唱え方ですが、一生懸命、経文見ながら唱えていました。

 

ラジオ寺小屋なども、薬師寺に行っており、生放送では聞けなかったが、再放送とYouTubeで聞いていました。幽霊蜘蛛など、いろいろな蜘蛛がいるんだなと思いました。

 

弥勒菩薩様の尊い話があり、弥勒菩薩と高野山は関係深い話でした。慈尊院て、2回ぐらいお参りしています。僕は、九度山駅で降りて、慈尊院から、180町道で、大門まで、18㎞歩いた過去があります。慈尊とは、弥勒菩薩の意味を表すなど、慈氏など、ありますが、真言宗の数珠の親玉を補処とは、弥勒菩薩のことを表すなど、かなり、学術的な難しい話であり、僕のうろ覚えの天才であり、弥勒菩薩は、慈悲の仏様です。

 

東大寺二月堂の功徳日の話が、ラジオ寺小屋に変わり、弥勒菩薩に変わり、話が読めないが、数珠の親玉は大切だなと思いました。

 

そういえば、薬師寺の守護神である春日大社にも、お参りしました。春日大社は、いつも、町医者が頑固な女性医師であり、いつも、話が、うまく伝わらず、病院行く前に、春日大社に手を合わせていました。名古屋の伯父の故郷の大学を卒業されており、名古屋の伯父は、一橋大学卒であり、もう、母より、だいぶ、年上なので、80歳以上です。伯母さんでも生きていたら、81歳です。

 

亡き伯母は、もう亡くなり、9年。この身体では、名古屋まで行くことは出来ないので、母の実の姉ですが、享年73歳で亡くられているが、一度も、仏壇に、線香を供えてないです。親族では、母と弟夫婦が告別式に、行っているが、兄は仕事が忙しくて行ってないです。僕は、病気で辞退しました。

 

亡くなったのが、2017年10月29日であり、12月16日が七七日(49日)でした。東大寺の良弁忌の日。なにか、母も幼い頃に、親に東大寺に連れていかれたと言われていました。伯母さんは、禅宗であり、雲水がしっかり、引導作法をされていると思います。

 

今は、熊本地震で、大変ですが、二月堂の賽銭箱の上の寄付箱は、能登半島地震と令和8年熊本地震は、同じ大きさの寄付箱が置かれていました。能登の復興も全然、出来てないと思いました。これ程の熊本地震で、水も断水状態ですが、同じ大きさの寄付箱を見て、東大寺二月堂は、番外霊場であり、それも、功徳日にいっており、それ程、お互いに助けないと、災害関連死が増える恐れがあるが、熊本の方が、断然に危機的だと僕はテレビなどで思うのが現状です。現地に行けないけど、ネットで見ていても、熊本は悲惨な光景を見ます。

 

物事は、縦軸で考えないと、駄目だと習います。僕は、熊本だと思うが、どちらも、比較できないぐらい助けないと行けないと、功徳日に行き、思いました。

 

御朱印は、もう完売で通常の300円の御朱印を授かりました。ほうずきなどもあり、福引もしましたが、6番のマスクでした。僕もX しているけど、全然、不労収益などは、遥か彼方であり、収益化になってないです。

 


















#南無観