あきらのブログ 一期一会 


#修正あり

































 

世界は凄いことになっていることも大切ですが、一番大切なことは、自分が、置かれている位置で起こっている問題を解決することです。

 

一人も救えない人が、沢山の人救える訳ないと思います。スーパーボランティアこと尾畠春夫さんは、本当に日本では凄い人だと思います。


 





僕は、ヲタクであり、ワンピースのチョッパーとヤブ医者が好きです。

 

僕は、引きこもり、気合は入ってないです。押し活で、好きな漫画買うぐらいです。たまに、劇場に見にいきます。好きな漫画は、葬送のフリーレン。好きな漫画家は、吾峠呼世晴先生です。

 

ということで、東寺の夜間ライトアップの不二の教えを学びに、夜桜を拝みにいきました。18時丁度開門であり、凄い列でした。東寺の夜桜は、拝観料は千円要ります。でも、その千円握りしめて、空海様という夜桜に救いを求めて、両手に杖ついている人や、車椅子の人など、本当に、僕と同じ境遇の人も沢山いたと思います。

 

八坂神社の近くの円山公園の夜桜なら無料で観れるけど、やはり、空海様の想いが強い東寺には、祈りの場であり、円山公園は違うとは言ってないが、やはり、境内の五重塔や、講堂や金堂などを見て、桜に、本当に、正座したいが、僕が、正座すると、幅があるので、目立つので、なるべく、立って、拝んでいました。

 

これが、最後の人もいると思います。この桜の季節に、厳しい日常ではあるが、桜見て、東寺は猿回しもされており、こころちゃんという猿だったと思います。

 

花籠も、用意され、10円入れました。僕も、無一文であり、お金は、ないです。綺麗な桜の画像添えて寝ます。

 



副鼻腔炎でお世話になるクラリス。








#恕

#平城京


 

 

 

 

 






















そういえば、薬師寺の金堂の入口に配布されている特集 絵でみる修二会花会式-第227号-(定価千円)は、薬師悔過の修二會に参列するのなら、購入した方がいいです。絵解きで修二会の事が詳しく書かれており、薬師悔過の経文も印刷されており、高いけど、元のお金以上のものはあります。



我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋癡
從身語意之所生
一切我今皆懺悔

意味
われ昔より造れる諸の悪業は皆無始よりの貪と瞋と癡によるものです
身と語と意より生ずるところの このすべての罪を私は今ここで懺悔します





薬師寺は、天武9年(680)に天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気快復を祈り発願された1300年の歴史を持つ寺です。しかし、長い歴史の中で数々の天災・人災により東塔を除く全ての建物が火災により消失し、「竜宮造り」と呼ばれた壮麗な伽藍の面影はありませんでした。薬師寺にとって失われた伽藍の復興は長年の悲願でした。 昭和四十三年(1968)、高田好胤和上は、物で栄えて心で滅ぶ高度経済成長の時代だからこそ、精神性の伴った伽藍の復興を目指し、 お写経勧進による白鳳伽藍復興を始めました。

自らは心の修練としてお写経を勤めていただき、その納経供養料によって金堂復興を目指しました。高田好胤和上は全国を行脚し、 お写経を通した 「美しい心の再発見」を呼びかけ、昭和51年(1976) に目標の百万巻を達成。金堂が落慶されました。西塔、中門、回廊、 大講堂、食堂と白鳳伽藍の主要な堂塔はおおよそ復興されつつあります。まさに日本人の美しい心の結晶です。

創建当初から現存するご本尊・薬師三尊像は、世界一美しい仏像と名高く、やさしい微笑みは仏さまに包み込まれるような安心を私達に与えてくださいます。





World Heritage 

Yakushiji Temple

Yakushiji Temple is laid out symmetrically in a style originating in China. The complex is entered through the South Gate. The most sacred area housing the main hall, or Kondo, is enclosed by a roofed corridor. Access to this compound is through a middle gate which gives a perfectly framed view of the Kondo.

Although not original, the hall is a faithful reconstruction. Within the hall is a prized Yakushi Triad, a set of three sculptures, commissioned for the temple at its founding in 680 by Emperor Tenmu, to pray for the recovery of his ailing consort.

The main Buddha worshipped at Yakushiji and the central figure in the triad is Yakushi Nyorai, the Buddha of healing. Unlike other examples which depict this Buddha seated on a lotus pedestal with medicine pot in hand, the one at Yakushiji shows the Buddha empty-handed upon a large chest. Of particular interest are the designs in relief on the chest, which include a dragon, phoenix, lotus flowers, Hindu figures and grapevines. The motifs draw on the many different cultures along the Silk Road and attest to the international nature of the era. Originally gilded, fires and the weathering of time have left the Buddha and his two attendants with their current black sheen. Also within the main compound are two pagodas. They stand to the left and right of the Kondo. The East Pagoda, on the right as you pass through the Middle Gate, dates to the 8th century.

世界遺産 薬師寺

薬師寺は、中国起源の様式で左右対称に配置されています。境内への入口は南門です。最も神聖な場所である本堂(金堂)は、屋根付きの回廊に囲まれています。本堂へは中門から入ることができ、そこからは金堂を額縁のように美しく眺めることができます。 本堂は創建当時のものではありませんが、忠実に復元されています。本堂内には、貴重な薬師如来像が安置されています。これは、680年の創建時に天武天皇が病に伏していた妃の回復を祈願するために建立させた三体の仏像です。

薬師寺で主尊として祀られている薬師如来像は、薬師如来像の中心に位置づけられています。他の薬師如来像は蓮華座に座り、薬瓶を手にしている姿で描かれることが多いのですが、薬師寺の薬師如来像は、大きな箱の上に何も持たずに座っている姿で描かれています。特に注目すべきは、胸部に施された浮き彫りの模様で、龍、鳳凰、蓮の花、ヒンドゥー教の人物像、ブドウの蔓などが描かれている。これらのモチーフはシルクロード沿いの様々な文化から影響を受けており、当時の国際的な性質を物語っている。元々は金箔が施されていたが、火災や時間の経過による風化で、仏陀と二人の侍者は現在の黒ずんだ光沢を帯びている。また、本堂内には二つの塔があり、金堂の左右に建っている。中門をくぐって右側にある東塔は8世紀に建てられたものである。


世界遗产

药师寺


药师寺是天武天皇为祈求皇后(后来的持统天皇)病体早日康复而建造的一所寺院,其建于天武9年 (680年),已有1300年的历史。但是在漫长的历史长河中,寺院屡遭天灾人祸,除了东塔之外,其余所有建筑物皆毁于大火,号称“龙宫造”的壮丽伽蓝失去了原有的风貌。修复失去的伽蓝是药师寺长年的夙愿。昭和四十三年(1968年),高田好胤和尚深觉高度经济成长时期虽然物质丰富,人们的心灵却非常匮乏,决心复兴富有精神意义的伽蓝,于是开始写经化缘,复兴白凤伽蓝。他计划通过写经活动来作为自我身心修炼的方式,由此得到的纳经奉养费用来重建金堂。高田好胤和尚奔波全国, 呼吁大家通过写经“重新发现美丽心灵”,于昭和51年(1976年)终于达成百万卷写经纳经的目标。 金堂终于迎来落成典礼。西塔、中门、回廊、大讲堂、食堂和白凤伽蓝这些主要堂塔基本完成重建。 可谓是日本人美丽心灵的结晶。从创建当初存续至今的本尊·药师三尊像素有世界第一美丽佛像之美誉,和煦的笑容给人们带来无尽的安全感,仿佛投入到佛的怀抱当中。

世界遺産 薬師寺 薬師寺は、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の早期回復を祈願して建立した寺院です。創建は680年(天武9年)で、1300年の歴史を誇ります。しかし、その長い歴史の中で、数々の自然災害や人為的災害に見舞われてきました。東塔を除くすべての建物は火災で焼失し、壮麗な龍宮造りの寺院はかつての姿を失ってしまいました。失われた寺院の復興は、薬師寺の長年の願いでした。1968年(昭和43年)、高田義種僧侶は、高度経済成長の時代が物質的な豊かさをもたらす一方で、人々の精神が貧しくなっていることを深く憂慮し、精神的に重要なこの寺院を復興することを決意しました。彼は白鳳寺の復興のために経典の写本作成と寄付の募りを始めました。彼は経典の筆写を自己修養の一形態として計画し、その収益で金堂を再建しようとした。高田義種僧侶は日本中を旅し、経典の筆写を通して「魂の美しさを再発見する」よう人々に呼びかけた。1976年、彼はついに百万の経典の筆写という目標を達成した。金堂はついに開堂式を執り行った。西塔、中門、回廊、大講堂、食堂、白鳳伽藍などの本堂や塔がほぼ再建された。それは日本人の美しい魂の結晶と言えるだろう。創建以来残っている薬師三蔵の本尊は、世界で最も美しい仏像と称えられ、その温かい微笑みは、まるで仏に抱かれているかのように、人々に尽きることのない安らぎをもたらす。






#吉祥天
#黒暗天
#荘厳

 

 

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%89





 

 

 

そういえば、ウィキッドを、高の原シネマで鑑賞しました。日本吹替のものでした。暇つぶしで観ただけで、特に感想は述べません。

 

僕は、東大寺のお水取りで聴聞していても、まず、あの暗闇で繰り広げる法要の意味も分からないが、ただ、静寂の群衆に身を置きます。その場で感じる経験をします。

 

仏様は、感じています。観音さまは、いろいろな姿を変えて、説法するなど、助ける仏様と聞きます。でも、南無観という言葉は、二月堂であり、観とは、観音様の頭文字です。その頭文字に、南無観と言われているかも知れないです。

 

なんか、映画の話でしたが、高野山に行くことは、片道切符であり、語れないまま、二月堂修二会の話になり、それも、行く予定でないものでしたが、1回行きました。

 

3月1日~14日迄の14日間の法要であり、沢山の参詣者がおられました。僕は、東大寺は、僧との付合いがなく、僧と付合いがあるのは、殆どいないです。コロナ禍になり、会わないで、祈禱や供養なども進めています。

 

東大寺二月堂を深夜に、行き、お水取りなど、聴聞される人は、何か、重々無尽の縁起があると思っています。何かのご縁があり、話したり、会っていると思います。

 

ご縁が全てであり、東大寺にいく予定はなかったが、東大寺に行きました。先輩の俗名書いた写経用紙も13枚納経しました。東寺に持って行く予定でしたが、5枚は、高野山に納経して、13巻は、東大寺でした。東大寺と高野山は、命に関わる時には、ご縁があるお寺だと、今、分かりました。2004年5月12日と2019年10月1日です。22年前と、7年前...

 











#トランプ

 

 

 

 

 

 

 

 



 

そういえば、今日は、3.11の日です。僕は、父の危篤で、大安寺に電話したり、近くのお寺に母と拝みにいったり、多忙でした。

 

京都は全然揺れなかったが、映像で見ていた被災地は、地獄絵図でした。亡くなった人も、1万人を超え、僕の生きた人生では、想像を絶する出来事でした。ただ、自然災害の新型コロナも、尋常でない経験でした。それに、今、イランとイスラエルの戦争が激化しており、日本にも影響が出ています。この戦争は、長期間に渡るかも知れないが、ガソリンが、値上がりが、政府が、どこ迄、国民のために、救済策を取るかが焦点です。

 

そういえば、東日本大震災の時に、若き雲水が、被災地を舎利禮を拝みながら、行脚されたのが、トレンドで入っていました。その若き雲水も、今は、僕と、6歳違いで、もう、15年という歳月から、僕が49歳であり、その雲水も、40代なんだと思いました。

 

雑居ビルの雲水も、語ろう会の時に死んだ人の冥福には、舎利禮を唱えたらいいと言われていた。雲水だけに、やはり、『禅』だと思いました。

 

そういえば、今日は、城南宮に行きました。古札は、昇殿祈禱したものが、2回分残っており、やはり、方除は、専門分野の神社であり、他の神社とは、違う家を護る祈禱を真剣に受けています。まだ、4mぐらいに伸びている垣根もお金なく、そのまま、放置しているが、それも、茶工場があるので、2mぐらいは、防音のために残して、剪定したら、助かるが、こういう作業は、本当に高いので、行政の苦情でも来ないと今の家の生活では出来ないです。

 

なんか、城南宮に行った時に、神様に、守護されたように思いました。多分、気のせいが多いので、聞き流しておいて下さい。僕は、霊能者ではないので、そういう五感はないです。

 

ただ、直感は、大切にしています。ガソリンが明日は、上がると思ったので、軽トラで、古札を丁寧に収めにいきました。

 

バブル崩壊、就職氷河期、デフレ、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震、新型コロナ、ウクライナ戦争、イラン戦争など、とんでもない時代に生きていると思います。本当に種の起源だなと思います。勿論、読んだことがないが、出口治朗先生の講義で出ていたことを思いました。

 

昔の人は、こういう時は、仏様を拝むしかないと思います。僕は、仏様の話をするのなら、出口治朗先生の本を読んでおり、薬師寺の写経は、108巻で成満であり、107巻で、止めておいた方がいいように、ピラミッドの話で思いました。出口治明先生も一宮巡りも1つだけ残したと書いてありました。

 

家で書いている半紙の写経は、ひたすら、打ち込んだらいいが、薬師寺は、形になり、成満したら、輪袈裟まで授与され、こういう時に、功利的になり、自分の功徳が無功徳になります。僕が、会社の役員や、国会議員の先生のように、初めから、偉い立場にいれば、そういう無功徳にはならないと思います。

 

立場が低いから、どうしても、功利的に利用してしまい、傲慢、我慢、慢心など、『慢』が出て、三毒の貪瞋痴も出てくると思います。そういう拉麺屋もあるとか、薬師寺の僧が法話で、修学旅行生に、されていたように思います。

 

貪瞋痴拉麺とは、一度食べてみたい拉麺屋です。高野山の高野山ヌードルと拉麺屋の話が二回目です。

 

僕の近くで美味しい拉麺屋といえば、万博にも出ていたようですが、千日前に本店がある河童本舗です。替え玉無料と、大蒜の揚げたものも絶品でした。

 

もう、だいぶ、食べてないけど、河童本舗は、なかなか、美味しい拉麺屋です。

 

算数で計算すると、日本人口は、1億2286万人です。薬師寺の令和7年10月31日迄で108巻書いた人は、14042人です。昭和43年6月27日から初められて、57年の歴史で、14042人。そんな中に入ったら、猿のように、足が不住だから、木に登れないけど、慢になり、功利的に利用して、無功徳だなと思いました。880万巻も書かれているが、殆どの人が一巻を家族親族で書いた一巻や、数行だけ書いたものや、名前だけ記入した写経などいろいろな場面も道場で見ていました。

 

1年間で、全国行脚で、薬師寺の僧に感銘を受けて書いた人で、246人もしくは、247人しか出ない成満者。それに相応しい人間には、とても慣れないと思いました。出口治明先生の本は、しっかり読んでいたので、107巻だと思っていたが、人間は、そんなに賢い生き物ではなく、母に10万円も借金して、夏の暑い時に、書いていました。

 

薬師寺は、ひたすら、全国に、お経を持って、法話して、お写経の功徳を説いて、全国の大本山のお寺であり、東大寺のように、大切なお寺です。

 

ただ、東大寺は、観音様の威力が強く、本当にお寺を知る上で、観音堂を見て、『南無観』の一言です。でも、大安寺も凄く、由緒のある大官大寺だったようです。奈良仏教を知る上では、法隆寺が伽藍配置が凄いと聞きますが、僕は、全く行かないお寺です。

 

僕が行くお寺は、薬師寺と東寺です。その二つは、本当に通っています。最近、YouTubeで、罪と罰の動画を見ました。難しそうな本であり、YouTubeで漫画もあると言うが、本屋は、その推薦する漫画は品切れです。YouTubeを聞いて、罪と罰の漫画を読んで、原作の小説に進んで行けたら幸いですとYouTubeされている発信者は語っていました。余程、罪と罰が好きな人だと思いました。

 

参考文献

出口治朗先生の人生を面白くする本物の教養

 








 

#南無観

#精進おとし

 

 

 

 

 

 


#貧は世界の福の神

#Hungryなときこそ、チャンスなのに... 

 

 

 

 








人には、得意分野があります。僕が、マラソンをしていたことも得意分野になると思います。結果が、すぐに形となって表れています。13歳から走り始めて、認められたのが、16歳でしたので、僅か3年です。2010年6月22日に、創価学会を破門になり、雑居ビルで、尻まで、青い僕に、懺悔しろと雲水が、東大寺の南大門にいる仁王さんのように、怖い顔で、懺悔文を何ども読めとか、写経をしろと仏道の指導を命を削り雲水に指導されました。当時は、まず、般若心経など知らないです。そこから、入る僕には、雲水も、難儀だったと思います。あれから、2010年7月ですので、2026年3月であり、16年です。

 

僕は、字は苦手でしが、お寺の宝印は授かるには、そのお寺の名前を出すと、お写経提出しろとケチなことを言われて、貰えないお寺もありました。しぶしぶ、書道屋で、50枚綴の紙と、書道屋で、下敷と硯とスポイトの水差し。薬師寺で、筆と墨と文鎮などを集めています。

 

どうにか、1巻書くのに、2時間ぐらいかかり、正座していたら、痺れて、今は、椅子で書いているが、初めは、これは、在り得ないと思いました。

 

英語で言えば、

 

How are you?

 

と言われたら

 

I'm hungry

 

というもろ体育会系です。

 

僕は、それが正解だと今も思っています。

 

I'm fine
 

など、僕の辞書にない。体育会系しか分からない五感が分からない地点で、脳みそミジンコの気持ちなんか分かるかと思います。

 

色々、雲水に、言われたことは、懺悔と感謝でした。その2つしか、修行で学んでないと言われていました。

 

懺悔といえば、二月堂のお水取りも懺悔の儀式です。ラジオ寺小屋で、先程、写経を書いてる時に、ユーチュブで、仏教の時間であり、聞いていると、内閣総理大臣や閣僚なども、修二会期間に、特別に、名前を読み上げ、祈られているようです。

 

 

やはり、国家鎮護の祈禱であり、簡単な懺悔ではないです。自分より遥かに、権力者に、物事を諭す場合もあり、あいつ偉そうだなと思われて、知らず知らずに恨みを買うこともあります。そういう意味で、お水取りは、究極の懺悔の儀式のようです。

 

少し奈良に来たついでに、お松明を見ることも、その儀式に参加するだけでも、見えない世界で、『陰徳』というものを積んでいるものだと思います。全国の国分寺の本山が東大寺だと思います。

 





大仏だけでなく、良弁杉や、二月堂(観音堂)に10円入れて、南無観と心に念じて、観音様との結縁を結ぶには、この修二会の期間中は、大切と思いました。僕は、東大寺の友の会の会員になったことも祈禱してもらったことはないが、そういうお金の大小ではなく、僕は、2004年に、観音様に助けを求めて、希死念慮は大学病院の精神科に行き、通院で治りました。そういう運びがうまく、行くこと自体、今は、何も分からないで、線香つけただけのに、結縁を頂いたと思います。それも、突然、紹介状なしで、大学病院いったのに、主治医は、教授でした。在り得ないこと続きであり、本当に、危ない時に仏様には助けられていました。その後、お礼参りもしていません。

 

2019年10月1日も農地問題で、危ない時に、空海様との結縁が出来て、真宗門徒なのに、本棚に半紙を敷いて、3万円で授かった大師を毎日、真剣に拝んでいます。

 

写経も、教誨師に千巻書いたら、いいと聞いたので、僕は、真剣に千巻も書きました。薬師寺の僧には、お子様ランチはないと言われて、14年間かかって、去年に百八巻の心経を書きました。最後の追い込みは、菊池寛先生の青き洞門の文庫本が手放せませんでした。やはり、輪袈裟を授かり、高田好胤和上のお墓にお参りしました。

 







夏の暑い時であり、2日目に本当にお参りしたと思いました。最近は、弱虫ペダルのアラキタを知り、ペプシは大事だと思いました。ペプシ買いに、松尾大社に行ったなと思いました。何故か、松尾大社に行きたくなり、2月13日に行きました。自販機見たら、ペプシが売っており、勿論買いました。物事のチャンスは、一度。何度もあると思っていたら、世の中は、あなたのお母さんではないです。甘えるなということです。

 

薬師寺は、法相宗であり、弥勒菩薩を大切にされていますが、弥勒菩薩は、慈氏であり、どこまでの悲をかける仏様です。仏教は、慈悲というが、東寺で、辻説法聞いていたら、『悲』が大切と言われていたと思います。

 

東大寺の修二会の話をしており、四方山話になりましたが、仏様は、悲であると僕は、痛烈に思う時があります。

 




















#悲が大切

#慈氏