感じる事は それぞれの人の「意識の世界」を作っています。
その人が響きを発する時には、その人の「意識の有り様の空間」が発生します。
その人が日々を送っている「思考や経験の全てのデータ」は
その人の特有の「意識の有り様のエネルギー空間」を生んでいるからです。
感じる事をどう言われようとも 修正しようとしても 既に感じてしまっていますので、手の打ちようがありません。
感じている事を説明できても、感じている事そのものは説明出来ません。
感じる事は 自分では把握しようとしても その「感じている」ことそのもので有る為に
タコ🐙が自分の「足」を食べることよりも 感知しにくいのです。
目で見ている事は解説出来ても、「目」そのものを その瞬間に把握出来ません。
聴こえた事を解説出来ても、「聴こえている事」「聴覚」そのものを その瞬間に把握出来ません。
だって、「自分そのもの」を自分で把握することなんて・・・幽霊の足跡を探すようなもの。