映画「ラーゲリより愛を込めて」を観てきました | kyoritsu-utsunomiyaのブログ

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昨年から公開されていた映画です。

映画の内容に文句をつけるつもりは毛頭なかったのですが、お涙頂戴の映画だと思っていて、観に行く予定はありませんでした。

しかし、訳あって今頃になって駆け込みで池袋の映画館まで行きました。

映画のサイトより拝借(映画は上映していましたが、時期外れだったのでポスターもパンフも全く無い上映館でした)

主人公は二宮和也君、妻役は北川景子さん(👍)です。

「ラーゲリ」とは強制収容所と言うロシア語です。

満鉄の職員だった山本幡男氏(劇中では二宮和也君)がソ連軍に連行されてスパイ容疑をかけられシベリアの地で強制労働に従事させられて、挙げ句の果てに帰国叶わずシベリアで病死してしまいます。

そして、山本幡男氏の家族宛の遺言状を収容所で一緒だった4名が役割分担して丸暗記して、帰国後に遺族を訪れて口述する、という話です。

ソ連の強制収容所では紙に書いたり、記録を残したりは一切許されていなかったので、遺言状そのものを持って帰る事は叶いませんでした。

映画の中ではこのような施設として写っていました(これもサイトからの拝借)

実際にはどのような施設だったのかは分かりませんが、過酷な環境だった事には間違いありません。

シベリア抑留というと思い起こすのは国賊・売国奴「瀬島龍三」です。

この映画が瀬島龍三の悪行が暴かれている内容だったならば、真っ先に観に行ったと思います。

瀬島龍三(彼一人の仕業では無いと思っています)のために約70万人という日本人が満州などからシベリアなどに連行されて、長くは10年以上も抑留、強制労働させられたのです。

そして、そのうちの約6万人はシベリアなどの抑留地で命を失ったのです。(この人数に関しては諸説ありますが、僕が採用しているのは70万人中6万人が死亡、という数字です)

これらの経緯に関しては作家の保坂正康氏の書籍に詳しいです。

瀬島龍三は陸大を首席で卒業した陸軍参謀のエリートでしたが、満州の日本人をソ連に売り渡したのです。

なぜか敗戦の8月15日の約2週間前にモスクワに行っていました。その頃はまだ日ソ不可侵条約が書類上は有効だったので、連合国との停戦交渉の仲介をソ連に頼みに行った、とされていますが全くの嘘だと思います。

満州の日本人を使役しても構わない、という密約をソ連と交わしています。

僕の故郷、岩手県奥州市出身で陸大出身の諜報武官、小野寺信氏が命懸けで入手した「ヤルタ密約」電報を握り潰した張本人でもあります。

それどころか日米開戦(真珠湾攻撃)のアメリカへの通達をわざと遅らせた張本人でもあります。

これらも保坂正康氏などの書籍に詳しいです。

アリバイ作りのために瀬島龍三自身もソ連に抑留された体裁を取って約11年後に帰国しています。

しかし、その実態は帰国する直前の半年間を除いては「強制労働無し」「個室を与えられ」「紅茶を飲みながら読書三昧」していたと同じ収容所にいた日本人から伝えられています。

抑留途中には東京裁判の証人として一度帰国して出廷していますが、重要な発言はしないままシベリアに戻っています。

瀬島龍三は帰国後に「11年間の辛い労働でした」と述懐していますが、嘘っぱちのようです。

帰国後は伊藤忠商事の会長になり、行政改革で有名な土光敏雄の元で働き、中曽根内閣でもブレーンを務めている人物です。

死後には従三位を賜っています。

考えるだけでも腹が立ちます。

夫の山本幡男をシベリアからの引き揚げ船が舞鶴港に寄港するたびに迎えに来た北川景子さん(これもサイトからの引用です)

ここで本題です。

この主人公の山本幡男氏はシベリアで病死してしまい、帰国叶わなかったのですが、実は今年の6月8日に彼の生地を訪れる予定があります。

それで一応、映画は観ておこう、という事なのです。

6月8日のブログでアップしますので、乞うご期待です。