【引退ブログ】 4年 るな
【25チームを振り返って】 3年 らん
25チーム副将務めさせておりました、3年のらんです🐸
まず初めに、平素より共立女子ラクロス部の活動を支えてくださるOG・保護者の皆さま、コーチの皆さま、そして共立女子ラクロス部に触れてくださるすべての方にこの場をお借りして心より感謝申し上げます。
クラウドファンディングでの多大なるご支援も誠にありがとうございました。
さて、今回のブログのテーマである「25チームを振り返って」
25チームを振り返るにあたって、去年の24チームの自分と比べてなにか成長が見れればいいなと思い、久しぶりにブログを読み返してみましたが、なんか去年の方が多分ラクロス上手くなろうとしてたし、単純にラクロスを楽しめてたなと感じたのが、素直な感想です。
たしかに2年生と3年生のこの1年の差で背負うもの、見る(べき)ものが全然違うと言われれば、今年1年を経験して、それもすべては否定できないけど、それを理由に自分自身の成長が感じられなかったとか、ラクロスを楽しめなかったという感覚が残ってしまっていることがとても悔しいし、めっちゃダサいよなと思ってます。
25チームは4年生プレイヤーが1人のみという、3年生がプレー内外で引っ張っていくことが当たり前で、当たり前すぎてその状態を疑うことなく、それと同じレベルのものを1.2年生にも押し付けてしまっていました。
押し付けの一方的なラクロスと押し付けでない対話的なラクロス、どちらの方が「強いチーム」に近づけるか、考えれば分かるのに、それをいざ3年生という立場から、上も下も巻き込んでやるっていうのはかなりキツかったし、そんな覚悟と能力が自分には足りていなかったと非力さも感じます。
それは自分の立場がよく分からなかったというのも多少はあるでしょうか。副将という立場になったからには、主将を支えたいって思っていたけど、最後までその方法を見つけ出せずに1人でもがいていました。
自分が2年生の時みたいな、ルールや変な当たり前なんて全部ぶっ壊れればいいという威勢?(当時、りりーさんにそれはらんなりの優しさと受け止めてもらい救われた)すら、この組織で全く体現できず、自分がなにをしたいのかも分からないで、ただ「らん」という仮面を被って部活に参加している時のほうが多かったような気がします。
2年生の時は、チームを嫌う覚悟や自分が嫌われる覚悟があって、本気で自分がチームを変えるって思っていたのに、3年生はこれまでのエネルギーがぽっと消えてしまったみたいに、角を作ろうともしない自分が1番苦しかったです。
後出しジャンケンみたいになったりタラレバ言うのは1番嫌だけど、自分のこういう弱さや本音を含めて、部員一人一人が本気で、想いを誰かにぶつけられていたなら、主語が「自分が、自分は」になる組織を作れていたのかな。
そして、
「なんでもっと上手くなろうとしないの?」
25チーム終わりにこの言葉をコーチさんに伝えられた時は、否定されたという感覚よりも、図星すぎて悔しいけどなんにも言葉を返せなかったです。
もちろん、実習や教採試験に向けた休部期間を含めても、部の中で誰よりもラクロスをしたし、ラクロスのことを考えた自信はあります。年間で考えても、家にいる時間より自チームの練習したり、神田で自主練している時間の方が長かったと思う。
けど、結局それを行う目的ビジョンが明確になっておらず、「自分が上手くなること」に結びつけられていませんでした。
いつからでしょう。自分の分析や研究をすることより部員の分析する時間が増えたのは。
いつからでしょう。試合で負けた時、自分がもっと上手くならなきゃって思うよりDF反省ばかりに目を向けてしまうようになったのは。
25リーグ最終戦、vs千葉大学に負けたとき、私は泣けませんでした。
正直、泣いている部員たちの気持ちをその瞬間は理解しきれなかったし、それは「泣けるほどやり切れていたのか」と自分に問い返してしまったからだと思います。
皮肉にも、私は自分が上手くなるための努力ができていなかったから、こうやって簡単に人のことを責めることができてしまうのかもしれません。
私の弱さです。
つまり、チームの底上げをしなきゃ、チームを育てなきゃって自分のラクロスの時間をチームに割いて、主語が「チームが、チームは」になっている状態でいたら、いくらでも自分の責任を最後は誰かのせいにできるぞってことです。
みんなのことを信じていないわけじゃないのに、悔しいですね。
「周りを巻き込んでほしい、周りを育ててほしい。」
25チームが始まってすぐのつま恋合宿から、常にこのことをチームに求められ続けてきて、私にとって25チームの行動基準になっていました。
りゅうけいと3人で、1年生の頃にラクロス上手くなろう!とワクワクして語っていた日々が、3年生になったらどうやったらチームのレベルを上げられるかと、難しい顔して話すようになっていました。
あーーー、話してても苦しいよなって。
もちろん向き合うべき問題とは向き合わなきゃいけないし、それを考えることが私たちの役割であることは理解していたけど、自分たちがワクワクしていないのに、チームをワクワクさせるなんてできないってことに最近気づきました。
これらは、これまでチームのためにって思ってきた自分だからこそ、今回逆の視点を得られたと思っています。
だから、ラスト1年は思いっきり自分が上手くなることを考えてラクロスする。
それで最後には、自分のおかげで!自分のせいで!って胸を張って引退したい。
それについては、また今度書くであろう、「26チームの抱負」ブログに熱く綴ろうと思います❤️🔥
かなり本質にとらわれ過ぎた25チームの振り返りになってしまったので、最後は感謝を伝えつつポジティブにいこうかなと思います。
25チームを一言でいうと、本当にたくさんの出会いがありました。
7.8年ぶりに共立のコーチに浅井さんが就いてくださり、つま恋の帯同コーチだったけいさんが共立のコーチになってくださった3月。
超個性的な1年生が入部してくれた5月。
夏合宿に来てくださったことをきっかけに、ウェルカムマッチを一緒に盛り上げてくださったりろさん。
アメリカ遠征をきっかけに、定期的にご飯会を開催するほどだーーーいすきな23関東ユースのラクロッサー🟠
3部の舞台を通して、リーグブロックで対戦した相手校のチーム。
ありえないほど私は人間が苦手なのに、こんなにも人との出会いに感謝できるのは、出会ってくれるすべての人に恵まれているからです。自分が存在できる居場所、頑張れる理由になっています。ありがとうございます。
中でも、1年生のピヨッピヨだった時からこんな可愛げのない3年生になるまで、たくさんの思い出を作ってくださった4年生には感謝でいっぱいです。
3.4年会の奥多摩お泊まりも忘れられない思い出になりました⛰️(気づいたら潰れててまじで記憶ないけど。)
3人がいなければ間違いなく今の自分はここにいません。
3人が体現される25スローガンの「VOICE」大好きです。
私たちが、3人の夢を叶えるので、リーグ全部応援来てください📣
まだまだ上手くなるし、面白いプレーしますよ。
26チームにたくさんのことを繋いてくださった25チーム、ありがとうございました。
良いお年にしてください🎍
#3 颯









