12月。
旦那の脳みそが大爆発を起こしてから早二週間が経った。
病院からは未だ何の連絡もなく。
無ければ無いで、そんな生活にも直ぐに慣れ日常へと戻って行く。
そうして、12月の10日。
不意に鳴る着信音、病院からだ!
相手は主治医だった、めずらし~
『もうね、状態も落ち着いてるんでそろそろ転院が出来ると思うんで~😀精神科の方と調整して行きたいと思います😀』
『もう再発はしてないですか??』
『とりあえず大丈夫です😀ただご主人の場合ちょっと特殊なので何とも言えないですけど~😀今は落ち着いてるんで、ここに置いとく訳にも行かないんで~😀』
え、お、
置いとく訳にも行かない!?
そりゃあそうでしょうけども、
これが何処かデカい大学病院かなんかだったらその発言、絶対上司に怒られる奴じゃんWWW
『分かりました』
『後でまた調整次第連絡行くと思うんで~、じゃあ😀』プッッ
『え?』あ!?き、
切れたWWW
先生よ……
お前さん、まだ若いから笑い事で済ませられるけど、将来おじさんにでもなったらそれじゃあ世間が笑って許してはくれんぞい。
まあせいぜい鍛錬を積んで、神業レベルの技術を習得して行ってもらうしかないのう、フォッフォッ
私の方が何様だよ
その後は直ぐに精神科の看護師さんから連絡があり、
『明日転院で大丈夫ですか?』
やっぱり急だった。
翌日は朝イチからでなく、11時くらいでもOKとの事だった。そして……
アゲイン クソデカバッグ
リメンバー クソデカバッグ
またあのクソデカバッグ持って移動かよおおおぉぉ!!!
今回こそは少なめに、最小限の着替えにタオルに、、、
後は洗濯代やら飲み物代やら電話代などの少量のお金に、
何が重いかって、アルコール依存症の講習会用の教科書!!難儀だ。
クソデカバッグに中身をパンパンに詰め込むと翌日筋肉痛が半端ないのでかなりゆとりを持たせパッキングした。
何だかんだで、脳神経外科に40日もお世話になってしまった
しかし……
40日もの入院と、数え切れない手術をし(3~4回)
いったい入院代とか、いくら掛かるのか皆目見当もつかない
後は再び精神科へと戻って行くので保証金も持って…
一人では無理なので次女にも付き合って貰う事にして、さあ今日は早めに寝なくては!
寝れない!!←昼過ぎまで寝てた
節約の為なるべくなら公共の交通機関を利用したい。
時間がラッシュから外れていたのは幸いだった。
さて、病院に到着!
病棟へ上がり、旦那に着替えを渡し、その後私は薬局→会計など目まぐるしい。
恐怖の会計は、
保証金の8万円を引けば、プラス2万ちょっとだった。リース料を入れて…
こんなに安くて良いのか!?
精神科なんか、精神科なんかああぁ~!
何故にこんなにも違うのか……。

旦那はと言えば、
足の麻痺も回復し、スイスイと歩けるようになっていた。
しかし、左手は少しはマシになっていたがまだまだ不自由そうだったしそれに、
リハビリ計画書にも左手で細かい作業、爪切り等が出来ない事が書いてあった。
高次脳機能障害も少し残っているようで、認知機能も若干衰えていると書かれていた。
確かに少し変だけど……
酔っ払っている時とあんまり違わないから私もその状態に慣れすぎている為に、これで衰えてるのか~?くらいにしか感じないと言うね。
全ての手続きを済ませ、帰りは精神科に向けてタクシーを呼んだが、タクシーは20分以上経っても待てど暮らせど来なかった、、
向こうの手違いで配車されなかったようだった
もう一度タクシー会社に連絡し、やっとこさっとこタクシーは到着。
30分後には精神科へ無事帰って来ることが出来た!
診察を受ける前に奴は外の喫煙所に嬉々として消えて行き…
ん?なんか戻って来ないなと思っていたら
一気に4本吸っていたらしく…
なんか……
不憫な奴。
そして
診察前にコロナやらなんやらの感染症の検査等を済ませ、診察へ。
『退院後の行先は探してますか?』
『いえ、まだ…』
『更生施設なんかは結構窓口が狭いんでね、何かと大変だと思いますよ。』
『はあ…』(そうなんだ…)
『介護保険は出るかもしれないな…後でワーカーと話しをしてみてください。とりあえず、今回も医療保護入院と言う形で良いですかね?』
『あ、はいスミマセン…』何故か謝る私
何だか入院するのも肩身が狭く感じる……。
9月からの入院期間を経て、既に断酒を始めて早二か月以上…。
確かに傍から見れば何で入院してるんだろって感じではある。
病棟に入り、ここで一旦奴とはお別れ。
今度は入院手続きをして、保証金を支払い、
本日の業務はこれで終了~!!
あぁ、疲れた……。
しかし、さあこれからが大変だ!
色んな申請やら手続きがあるんだろな~……
面倒くさいな~……
何となく、また再発するんじゃなかろうか…
と、私の勘は告げていた。