5月。
暫く、肝硬変末期 余命 、などを、気が済むまで検索し続け分かった事があった。
以前、十二指腸穿孔の手術をして下さった先生が言っていた通り、今後の5年生存率は50%くらい。
が、食生活や生活習慣の見直し、断酒などで余命は伸びている。
要するに、ガンと同じような感じだ。
上手いこと共存して行けば余命も伸びると言った所だった。
しかしいつ何が起こるか分からない。
実際にこの短期間で様々な病気や合併症を起こし、何度も死にそうになってたし。
5年生存率か。
あの人一体いつから肝硬変やってたんだろ!?
そうだ!
棚をガサガサと漁り始める。
確か青い封筒に…あった!
今から10年前の、診療情報提供書だ!
10年前の冬。
旦那は入社したばかりの会社で研修中に突然倒れてしまった。
人気の無い廊下で倒れている所を発見されたのだそうだ。
原因は、突然の節酒によるアルコールの離脱症状の一つである
大発作である。
当時は何も知らなかった私は非常に混乱していたのを良く覚えている。
事実、当時の医師も、
『検査した結果、肝臓が悪いことは分かったが、なぜ倒れたのかは不明』
と言っていた。
その時の診療情報提供書が手元に残っていた!
何でこんなもんが手元にあるのかと言うと、その入院していた病院から退院する時に、
『ここまで診ましたので、今後は最寄りのクリニックで診てもらってね』
みたいな感じでその書類を作成してくれたのだが。
結局どこのクリニックにもかからなかった。
アルコール依存症だと言うことは知らなかったが、私の中では
(どうせ酒止めなきゃ治らないんだろ)って思ってたし、
それに当時は連続飲酒ばかりだった旦那と話しをするのが嫌だったからだ。
転職したばかりの旦那にも働いてもらわないと、当時度重なる転職また転職で、実際問題非常に生活が苦しかった!!
診療情報提供書に目を通したら、
やはり倒れた直接の原因は不明と言うことと、あと、大量腹水有りと書かれていた。
確かに当時の旦那は今よりお腹が出っぱってたなぁ~…。
でも腹水だけじゃ、ステージまでは分からないか…。
後は電解質異常とか、今も昔も変わらなかった。
この時はまだ代償性だったのかしら、、
結局診療情報提供書だけじゃ全然ハッキリしたことは分からなかったが、病名にはしっかりと、
アルコール性肝硬変
とデカデカと書いてあった。
その時から隠れて飲むようになったんだよな~、
あれは本当に嫌だった。平気で嘘もついてたし。
ま、あれから10年、ずっと飲み続けてたしジワジワと悪くなったんだろ。
考えてても仕方ない、
また退院に向けて準備をしておくか、、
本当は自宅に戻って来て、また私たち家族と一緒に生活させてあげたいのにな…。(凄い心境の変化)
どちらにしても、未だに十二指腸の手術の傷も治りが悪くて処置も毎日必要だし、暫くは精神科生活に逆戻りか、、
都民共済の共済金の受け取りは2月分で既にストップしている。
残高も調子よく着々と確実に減ってきている。
ここの入院費…幾らするんだろ…。ゾー。。
まあ……一週間くらいだったし、何とかなるか…
そろそろ……一番やりたくない生活保護の申請もやっとかないと……。
翌日の退院は昼前という事になっていたので、旦那は病院食をキャンセルして何か美味しいものを食べたがっていた。
肝硬変患者に美味いもん食わせていいのか?などと思ったが、ずっと病院生活だったし、外食気分を味あわせてやりたいものだ。
さ、明日は病院だし早めに寝て、、って。
寝れるわけない。前日は昼までグースカ寝てたので
眠れないので、その日も深夜遅くまで結局ダラダラと起きていて、結局寝たのは3時を大きく回っていた。
さ~て、、明日も頑張るぞ~、、

