怒涛の6年

怒涛の6年

旦那のアルコール依存症→精神科外来→離脱せん妄→借金地獄→断酒→スリップ→精神科入院→現在

酒は飲んでも飲まれるな\\\└('ω')┘////

5月。

翌日。
相も変わらず次女を従え、旦那の待つ病院へ迎えに行った。

昼前には病院へ到着したので、病棟へ上がると何やら良き香りが…

『あっ!お昼ご飯だぁ!!』

私らが食べるわけじゃないのに、空腹だった私達は謎に歓喜した。

『食べていいよ』←旦那

『いいの!?本当に食べちゃうよ!?』

腹ぺこだった次女は病院食にあり着いた。

今日のメニューはカレーうどんと野菜炒めだった。

『う、うま~い!!あ、野菜炒め!味が薄くて美味しい!』

次女は全てにおいて薄味が好きな人間なのだ。
凄い勢いで昼飯にがっつく次女である。
そこへ…

『あらっ!お昼食べた量も記録するのに困ります!』

と、看護師さんが……。やべぇ

『いや、今日はお昼食べないで向こうの病院戻るからぁ~』←旦那

何とかその場を乗り切り、昼食を完食した次女。

身支度を済ませ、会計を済ませ札束

『お昼ご飯何食べたい?』

昨年9月からずっと、ほぼ病院食しか食べていなかった旦那を気遣う私。

結局病院内にあるレストランへ行く事に。

私は何を食べたのか全く覚えていないのだが、旦那はハンバーグ定食を注文。

『いきなりそんなに食べてもいいの!?』

『大丈夫』

ハンバーグ定食をペロリと平らげた!!ハッ

その後はタクシーで元いた精神科病院へと、およそ一週間ぶりに帰宅する事となった。

しかし。

病院へ着くなり旦那はすっかりトイレとお友達と言うか、大親友になってしまう事となる!!

『ち、ちょっとトイレ…』不安

『またあ!?あんな急に食べるからだよ!💦』

入院前の診察から病棟へ戻るまで、数え切れないほどトイレにせっせと足繁く通い。

その後は何とかいつも通りに診察を終え、再び旦那は病棟の人となった。フー。

また来週から週一の面会か。

最初の頃は面会も適当に、それこそ二週に一回とか、特にペースは決めていなかったが、定期的に大病を繰り返して来た事もあり、こまめに面会へ来るようにしていた。

しかし、
たかだか面会とは言え結構な出費だったのだ。

行き帰りの交通費に加え、差し入れの大量のおやつと菓子パン+お小遣い。

次女と来る時は帰りに外食したりなんかして…。

旦那が家に居たら居たで金が掛かっていたが、居なきゃ居ないで金が…不安

おやつはなるべく一気食いしないように、お小遣いも大切に使うようにと言ってたが。

週2回の洗濯だけでも結構お小遣いは飛んで行き札束


そう言えば。

実は今年2月、旦那が敗血症でぶっ倒れた日の前日の事。

私は市の支援センターに生活保護やら世帯分離やらの件で相談へ行っていたのだ。

実に、
6年前に家の借金問題や旦那の依存性のゴタゴタがあった時に相談に行っていた所だ!!


現在の家の事情を話し、世帯分離は必要なのか、生活保護を旦那だけに受給させる事は可能なのか。

担当者は、市に確認しておきます。時間は掛かると思いますが。
もし申請などに行く時は同行しますから。

と、とても有り難い存在になっていた。

しかし、
待てど暮らせど連絡はなかったので不安になり、4月頃にこちらから電話をしたが。

『市に確認したんですが、分かりませんと言われました』

『…………』

ん?
えっ?

それだけ!?ハッ

『また何かあったら連絡しますので』

その時はそんな感じのやり取りで終わり、

大丈夫かこの相談員!?(こんなに不親切だっけ?)

と一抹の不安を覚えたものの、その時は旦那の体調も未だ不安定な事もあって、そのままにしておいた。


しかし、そのままにしておける訳もない。
案件は生活保護である。

ハードルが高いなんてもんじゃない。

私の中では棒高跳び、いや、下手するとエベレスト並の高さが……。

そんな訳で、もたもたと及び腰になっている間にも時は流れ、結局何もしないまま5月が終わろうとしていた。