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怒涛の6年

旦那のアルコール依存症→精神科外来→離脱せん妄→借金地獄→断酒→スリップ→精神科入院→現在



変わらずの気苦労が絶えない中。

旦那は今年の冬、急に転職をした。
これまではひたすら単調な工場での手作業をフルタイムのパートでやっていたのだが。

飽きたらしい。

『もっとやり甲斐のある仕事を』

とか言い始め、よりによって精神疾患や障害者の介護の派遣を始めた。

いや自分が介護される立場だろ。
一体どんなシャレなんだろうか。

勿論そう言ってやったもんだが。

私はとても大変だった。

社会保険を脱退した後、国保に加入し直し、再び社会保険に入り直し。

そんな中。
6月に入り急に暑くなり始めた頃、奴は

『足が痛い…整形外科に行ってくる』

確か、一昨年謎の骨折をした旦那は手術無しで何とか自力で治したのだが、やはり無理が出てきたのだろうか。
かなり足を引きずって歩くようになってしまっていた。

少し前に痛風をやったのでそれかと思ったら違う痛みだと言っていた。

仕事を休み、整形外科に行ったが(私は行かない)
、骨は綺麗にくっついていたそう。
後は整骨院かなんかでリハビリをするしかないのだそうだ。

それから程なく。

『具合が悪い』

と言い出して仕事を休み始めた旦那。
それまでもちょいちょい体調不良で早退だの欠勤だのしてたのだ。

微熱
倦怠感
下痢
食欲不振

『そりゃあんた肝臓でしょ。また肝炎になってんじゃない?』

余程具合が悪かったのだろう、駅前に新しくできた消化器内科を標榜しているクリニックに行くよう指示した。
(以前かかっていたクリニックには見放されてたので)

んで、行って帰ってきた。私は行かなかった。
自分の事は自分でやれ。

『触診してもらったら硬い所もないし大丈夫って言われた♪漢方の胃の薬だけもらって血液検査して結果は1週間後』

大丈夫と言われたのが余程嬉しかったのか、浮かれて昼から飲み始めた♨️ホントムカつく。

あくる日、
近所で工事をしている現場のおじさんが、
奴の腕を引きながら汗だくで家の方へ向かって歩いて来た!?

丁度ベランダに出ていた私はびっくり仰天して外に飛び出した!!

『ああ良かったです!ここのお家の方でしたかあ!すぐそこでご主人が座り込んでたんですよ。足も怪我してるみたいで』

奴は数日前外で酔っ払ってコケてあちこち擦り傷だらけになってたのである。

『すみません大丈夫です💦多分酔っ払ってるだけなので♨️』

丁重に謝罪しお礼を述べ、おじさんは去っていき…

母に気付かれないよう奴を2階まで押し上げた。

そしていつも通り説教した。

ここ数ヶ月。
奴は外で飲んで来ると必ずと言っていい、体から力が抜けてと言うか、力が入らなくなりクタクタとくずおれてしまうようになっていたのだ。

私と次女との見解で最初は、酒+眠剤でこのようになっていたと思い込んでたのだが、どうやら違かったみたい。

更にそこから数日後。

その日私は午前勤務で仕事を上がり、帰宅して来た時の事。

『父さんが救急車で運ばれそうになった!!』

と、これから出勤する予定だった次女が…。

『えっなんで??』

『また外で飲んで座り込んで立てなくなって、通りがかりの人が通報してくれたみたい……』

『ゲッ!!』

『救急車の人には、父は酔っ払ってるだけで熱中症とかじゃなくて、アルコール依存症なんですって説明した。で、涼しい所で休ませれば大丈夫だからって言われて帰って行った…とりあえず私仕事行くから…』

『ご、ごめん…』

母もさすがに異変に気付き、次女と一緒に救急隊員の人に頭を下げたそうだ。最悪…

でまた説教と言うかブチ切れて奴のことを死ぬほど罵ってやった。

そこで私は初めて

『もう無理だよ、離婚しよう』

とハッキリ言ってやった。既に離婚届は印刷済みである。
奴は酔っ払いながらも、

世にも悲しげな目を私に向けていた。ヤメロー!!


そして、消化器内科で血液検査をしてから長く感じた一週間後。
結果を聞いてきた旦那にどうだったのか訊ねたところ、

『カリウムが不足してるんだって』

検査結果を見れば確かに値が低い。更に肝臓の値が爆上がりしていた。

カリウムについて早速調べた。

低カリウム血症

飲み過ぎによるカリウムの不足、それによって引き起こされる筋肉の弱さやけいれん、歩行困難や呼吸困難等など

あ、だからクタクタしてたのか…?

『このままじゃ死にますよって言われた』

いやそれな。

もう十年以上前からどの医者からも

このままじゃ死にますよ死にますよって…

生きてるんじゃゴラァ!!!

死んでないじゃん!まだ生きてんじゃん!
一体いつ死ぬんだよおおぉ!!


まさに

しぬしぬ詐欺


それからしばらく仕事を休んだ後、7月少し回ってから職場復帰した奴は、職場の人々から

『死んだのかと思ってた!』

と言われた程弱っていたのだろう。


後に知ったが、奴はこの仕事がとても合わなかったらしく、契約を更新する事なく次の仕事を紹介されるまで自宅待機となった。

がしかし、
この後仕事を紹介されることも無く仕事にも行けず、

徐々に旦那は弱って行ったのである。


6月から7月まで。
ここには書ききれない程色々な出来事があった。
全部書いたらとんでもない事になりそうなので、ここに書いてある出来事は、

ほんの一部にしか過ぎません…。