帰り道 ☆☆病院→牛丼屋→精神科→帰宅Zzz‥ᐝ | 怒涛の6年

怒涛の6年

旦那のアルコール依存症→精神科外来→離脱せん妄→借金地獄→断酒→スリップ→精神科入院→現在



三月ももう終わるという頃に旦那は退院となった。

また精神科へと帰って行くのだダッシュ

精神科に対してはもはや不信感しか無かったが、私達家族が頼れる場所は今はここしかない。

最悪一筆書いて、今後の再発防止に務めて頂きたい、と、師長にでも渡そうかなどと考えていた。

☆☆病院での入院費は思っていたよりも高かった不安
肝臓がアレなので、食事代に意外に掛かっていたようだ。

帰りのタクシーの中で

『何処かでお昼を買って帰らないとだね💦何か食べたいものある?』

精神科では今日の昼食は用意されてないようなので、何か買って帰ろうという事になっていた。

『牛丼食べたい』

『ええっ!!ハッそんなもん食べれんの!?』

『食べれるよ』

タクシーの運転手さんは、
『いいよ、買ってきなよ、メーター止めておくから!』

神!!笑い泣き

途中の牛丼屋で停めて頂き、ミニ牛丼を購入し一路精神科へ、、

道路は地味に混んでいた。
タクシー代は一万円弱……?!?!?!

高ええ!!ハッ
むちゃくちゃ値上がりしてる!(10年前比)不安


ゲッソリしながら精神科の玄関を跨ぎ、各検査等の後診察室へと呼ばれ(旦那はその前に一服タバコ)、主治医が待っていたのだが。

『この度は大変申し訳ございませんでした!』

えっ、なんか先生が頭下げてきた!?ハッ

『ロキソニンを軽はずみに処方してしまったばかりにこの度のような事になってしまって…本当に申し訳ありませんでした』

『は、は、あ、いや…』うずまき

ロキソニンを処方した事よりも、腹痛を放置した事に謝って欲しかったんだが……。

先日旦那を手術してくれた先生も、

『結構発症から時間経っちゃってた感じでしたね』

と言ってたのだ。
なので私も少し勇気を出して、言ったよ。

『あの、お腹が痛いって言ってから結構放っておかれてしまってたみたいで、、』

『そうですね…ちょっとご主人の場合ね、あんまり痛がって無かったように見えたのでね…(笑)』


やっぱり……

私もそう思う。

あっそうだ!
入院騒ぎですっかり忘れていたが、去年受けた介護認定の決定が出ていた事を思い出した!気づき

『介護認定なんですけど、要介護1に認定されました』

あの母でさえ、要支援2、だと言うのに一体何事か!!ハッと思っていた。
先生は、

『えっ、要介護1ですか?そんなに…私ももしかしたら意見書に認知症とか結構適当な事を書いたのかもしれないな(笑)』

ちょっと先生!まあ良いけどW


『それでは今回は任意入院と言う事にしておきますね!』

ええっ!

任意入院!?

何でだろ🤔?

任意入院となれば、医療保護入院と違い院内での行動は比較的自由になる。
まあ、その方が本人にとっても良い事であろう。

病棟へ案内され、

『お昼買ってきたんですけど』

『あっ、ホントですか?何を買いました?』

『牛丼です』

『ええっ!!ハッ牛丼なんか食べて大丈夫ですか!?一応先生に確認しますね💦』

だから言ったこっちゃないよ、おにぎりかなんかにしとけば良かったのに……。

牛丼のことで一悶着あったものの、何とか食べても良いと許可が降り、

『じゃあ残りの荷物は近いうちに持ってくるから』

と、私は帰る事にした。

旦那はと言えば、手術後という事もあり暫くは差額ベッドの部屋で過ごす事となった。

なるべく早く大部屋に移してもらえるようしっかりお願いした不安

旦那の生活保護については依然ストップしたままなのだ。
市の支援センターからも何も言って来ない。

自分からもっと積極的に動かないといけないのだろうか。いけないんだろうな。

またこれから精神科での生活が始まる事に、旦那は心底うんざりしているようだった。

私だって、本当なら家で養生してもらいたい。
が、母がいる限りそれは到底無理だし、また四人で生活を始めれば今度は、今度こそ私がストレスの余りハゲになってしまうだろう不安

可哀想だがしばらく精神科で生活してもらうほか……

いつまでこの生活が続くのか、そんな事を私は一生考えながら生きて行かなければならないのだろうか。

帰宅後、そのまま私は夜までぐうたら眠りこけてしまったのであるzzzzzz